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第41話

「はい、ということで今日から見習いということで東山美湖ちゃんが訓練に参加することになりました」


「よ、よろしくお願いします!」


 東山さんから相談を受けて二週間が経った頃、美湖ちゃんがようやく訓練に参加することになった。東京で活動していたため、引っ越しなどで時間がかかってしまったそうだ。

 美湖ちゃんは勢いよく頭を下げて挨拶した。


「美湖ちゃんは栃木第一支部の二級隊員、東山さんの妹だ。まあ、一人増えたところでそれぞれやることは変わらないから、引き続き訓練に励むように」


 そうして、隊員たちはそれぞれの訓練を始める。

 美湖ちゃんはセリーヌに一任することになったので、俺と関わることは少ないだろう。


「梶谷教官? あの、美湖さんって配信者として活動してますか?」


「ん? ああ、そうだぞ? 岡はそういうのよく見るのか?」


 訓練中に岡は遠くで訓練を行っている美湖ちゃんの方を見ながら俺にそう尋ねてきた。


「よく見るというか、MeTUBEを見ているとおすすめに結構流れてきますよ? まさか梶谷教官、見たことないんですか?」


「俺、あまりそういうの見ないんだよね」


「……おじさん?」


「この歳でおじさんってやめてくれない? 俺、まだ二十代なんだからね?」


 体は頑丈でも心はガラスのハートなんだから。こう見えて繊細なんだから。


「ほら、俺に精神攻撃を仕掛けるんじゃなくて岡はアキュラスと模擬戦をやっておけ。昨日言ったことは覚えているな?」


「はい。速く、真っすぐ、です」


「そうだ。岡のスキルはスピードに特化しているからな。一瞬で敵に近づき、攻撃の隙を与えないまま倒し切る。これが今目指すべき戦闘スタイルだ。じゃあアキュラス、今日から隙があればどんどん攻撃していってくれ。もちろん手加減しろよ?」


「はいはい、分かってるって」


 アキュラスは気だるそうに岡の前に立つ。武器などは持たず、素手で戦うようだ。


「よーい、始め!」


 俺の掛け声と共に、岡は一瞬でアキュラスに近づく。

 圧倒的なスピードを乗せた槍をアキュラスの首元へ伸ばしたが、アキュラスは必要最低限の動きで槍を避けて、カウンターを狙う。


「っ!! やばっ!」


 避けられると思っていなかったのか、岡は完全に無防備になっている。しかし、持ち前の運動神経でなんとか進行方向を変えてアキュラスの攻撃をギリギリ躱した。

 岡は攻撃を躱したことで少しほっとしているようだ。


「なんで敵に向けて背中を向けてるの?」


「……あ」


 大きな隙を見せていた岡はアキュラスに投げ飛ばされて、大きな音を立てて壁に叩きつけられた。


「いずみん、奈々ちゃん。良い実験台が出来たです」


 マリーは回復魔法を使える泉雪菜と松山奈々を連れて、地面に倒れ込んでいる岡の元へと向かっていった。


「あいつ、戦闘中なの忘れていたな」


 訓練、ということもあってか危機感が足りていなかったのかもしれないが、多少痛い目を見れば嫌でも緊張感をもって戦うことになるだろう。


「じゃあ次は……宮田が戦ってみるか」


「うっす」


 片手剣を手に持った宮田翔太は屈伸運動をしてアキュラスの前に立つ。

 新入隊員の中で唯一、剣術、火魔法、風魔法と三つのスキルをすでに発現させていた。最初から三つのスキルが発現しているのは稀らしい。


 志望は魔法剣士とのことだったので、最初は魔法の基礎を叩き込んでもらった。

 剣術スキルがあるので、近接戦闘に関してはみるみる上達していくはずだ。


「とりあえず宮田は戦闘中に迷いが生まれないように気を付けろ。魔法も剣術も使えるのは選択肢が増えるが、判断に迷うと隙が生まれるからな」


「じゃあ、どうすれば良いんすか?」


「剣が届く範囲なら近接戦闘、相手と距離が開いたなら魔法を打ち込む、とかで良いんじゃないか? あいにく俺も魔法があまり使えないから適切なアドバイスは出来ないんだけど」


「了解っす」


「作戦会議は終わった? じゃあ掛かってきて良いよー」


 アキュラスは木刀を手にしてこちらに手を振った。今回は武器を使用して戦うようだ。


「じゃあ遠慮なく……!! ファイアーボール!」


 宮田はいきなり魔法を展開した。

 唱えられた魔法はファイアーボール。バスケットボールほどの大きさの火球が宮田の目の前に三つ現れ、その火球をアキュラスへ叩き込む。


 ドガアアアン!


 アキュラスの近くでファイアーボールは爆発を起こし、五メートルほどの大きな火柱が上がる。 


 その光景を見た俺は、ふと疑問に思ったことを隣で戦闘を見ていたセリーヌに尋ねる。


「多重詠唱ってかなり難しいはずじゃなかったっけ?」


 異世界では魔法を一度にいくつも展開できるのは一流の魔法使いだと言われていた。

 その多重詠唱を一カ月弱で使いこなしている宮田の姿を見て明らかにおかしいと思ったのだ。


「あたしが教えてるんだから当然よ。あたし、世界一の魔法使いだし?」


「いくらお前の腕が一流だからと言っても教え方が一流とは限らないだろう? どうやって教えたんだ?」


「簡単よ。出来るまで魔力を使い果たしてもらうのよ。気分が悪くなってぶっ倒れるけど、魔力も増えて一石二鳥よ?」


 セリーヌは親指を立ててニコリと微笑んだ。

 傍から見れば美少女が笑みを見せていると思うかもしれないが、魔法の訓練を受けていた隊員達には悪魔のように見えるだろう。


「だからお前が担当している隊員は毎日気分が悪そうだったのか……?」


「そういうあんたも皆がフラフラになるまで追い込んでるでしょ。人のこと言えないわよ」


「心配ない。歩いて帰れるうちはまだ追い込んだことにならないからな」


「それはいずみんと奈々ちゃんが疲労回復の魔法を掛けてるからですよ?」


 なぜか横にいたマリーからも呆れた視線を向けられてしまった。

 来月にはダンジョンに行く予定だし、今の内に基礎を固めておかなければならないのだ。多少強引な育成になるのは仕方がないだろう。訓練で死ぬことは無い。


 そんなことを話していると、ちょうど宮田とアキュラスの模擬戦の決着がついた。

 宮田の持っていた片手剣が弾き飛ばされ、宮田は無防備な状態になってしまった。


「そこまで。宮田はまだ剣術を磨いた方が良いな」


「ぐ……なんも言えねえっす……」


 自分の実力不足を悔しがるように宮田は拳を握りしめて俯いてしまった。

 まあ、お前の目の前にいるやつは異世界で化け物呼ばわりされていた奴だから敵うわけないんだけどな。悔しがるのは良い事だ。


「さて、次は……」


 新人隊員の育成は比較的順調に進んでいる。

 俺は隊員たちを教えながら、最初に向かうダンジョンのことを考え始めていた。

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