俺と美湖ちゃんは東京の二十三区から離れ、調布市までやって来ていた。
調布市には複数ダンジョンがあるため、街中に闊歩する冒険者や討伐隊員の姿が多くみられる。
「東京本部の隊員も別の依頼と並行して魔石探しをしているみたいですね」
「さすがに魔石探しだけに集中することもできないからな。ほかにも依頼はたくさんあるし、冒険者に依頼を取られてしまうかもしれないだろう?」
「そうですよね……あ、見えてきました」
美湖ちゃんが指をさす方向には大きな建物がそびえ立っていた。まるで高級ホテルのような佇まいだが、驚くことにこれも討伐隊ギルドの所有物らしい。
俺たちが向かっていたのは森瀧ダンジョンと呼ばれる超大型ダンジョン。八十階層ほどまで攻略が進んでいるとのことだったが、未だ最新部に到達することはできておらず、これほど大きな規模のダンジョンは世界的にもかなり珍しいとのことだ。
併設された施設には数百人を収容できる宿泊施設や武器や防具を扱う店も多数出店していると聞いていた。
「今日は私の配信に付き合ってもらいますからね」
「はいはいー。そういえば配信は順調に伸びてるのか?」
「以前上野動物園のダンジョンスポーンの動画を上げてからチャンネル登録者は鰻登りなんです。今はもう五十万人を超えてますし、私これでも少しは有名なんですよ?」
五十万人に知られてるって少し有名どころの話じゃないと思うけどな。
「一応言っておくけど魔石探しのこと忘れるなよ?」
「大丈夫ですよー。さ、早く行きましょう」
今にもスキップしてしまいそうなほど足取りの軽い美湖ちゃんを追うように俺は森瀧ダンジョンに向かった。
◇◇◇
森瀧ダンジョンに入った俺たちは、入り口付近で配信の準備を行なっていた。
「じゃあ梶谷さんは視聴者のコメントを読み上げてくれますか? いつも攻略中はコメントを読む余裕がなかったんです」
「了解。撮影はどうやってやるんだ?」
「撮影にはこれを使います」
美湖ちゃんはそう言うとカバンから小型の機械を取り出した。地面と平行になっているプロペラが四つ付いているドローンのようなものだ。
「それは?」
「自動追尾ドローンです。対象を私に設定すると一定の距離を保って付いてくるんです。カメラも付いているのでダンジョンの配信にもってこいなんですよ」
へえ、今はそんなに高性能のドローンがあるのか。
正直、俺は酒にしか興味がなかったから、こういうドローンが以前からあった物なのかもよく分からない。
そもそも、世界線が違うかもしれないしな。
そうして撮影の準備が終わると、美湖ちゃんは深く深呼吸した。
「……よし、じゃあ撮影開始をお願いします」
美湖ちゃんの合図で、俺は預かっていたスマートフォンでMeTubeの配信をスタートさせた。
「みなさんこんにちはー。みこみこチャンネルへようこそ。今日は知り合いの討伐隊員の方と一緒に森瀧ダンジョンに挑戦します!」
配信開始と同時に何千人もの視聴者がアクセスしていた。
『討伐隊員って冒険者に同行するんだな』
『討伐隊員って誰?』
同行する俺の存在が気になる視聴者も多いらしく、そういったコメントが多数見受けられた。
俺は無言でスマートフォンを美湖ちゃんに向ける。
一応部外者なので、あまり出しゃばらないようにと思ったのだが、何を思ったのか美湖ちゃんは俺の腕をぐっと引っ張り、撮影用のドローンの前に引きずり出した。
「こちらは梶谷さんです。私のお兄ちゃんも討伐隊員だから紹介してもらいましたー」
「よ、よろしくお願いします」
あまりにも急な出来事に、俺はカメラに向かって挨拶することしかできなかった。
すぐにカメラの撮影範囲外に出てコメントを確認すると、コメント欄は若干の荒れていた。
『え? 男?』
『彼氏だったりするのかな?』
『お兄ちゃんの紹介なら心配いらない、と信じたい』
『クソかよ見るのやめよ』
うん、思っていた通りの反応になっている。
そりゃ見た目も可愛い女性配信者には一定数一方的な好意を向ける輩というのはいるだろう。
一方、そんなことを気にも留めずに美湖ちゃんは淡々と今日の攻略予定を説明していく。
「今日はできるだけ行けるところまで挑戦してみようかなー。進むにつれてモンスターも強くなっていくはずだから気をつけます」
『森瀧ダンジョンって十五階層を越えたらかなりレベルが高いんじゃなかったか?』
『一応二級ダンジョンに指定されているからな。上層は四級程度しかないのに、いきなりレベルが跳ね上がるから危険度が高いらしい』
『俺の美湖ちゃんに何かあったらと思うと夜しか寝れない』
「心配するコメントが多いけど大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。困った時は梶谷さんに助けてもらいますし。あ、この梶谷さんってかなり強い人なのでみんなも安心して見守っていてねー」
そうして、俺たちはダンジョンを進むことにした。
先頭に美湖ちゃん、その後ろに撮影用のドローンが飛んでおり、俺はなるべくドローンの後ろを歩くことにした。