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第46話

 俺の気配察知に一体のモンスターが引っかかる。

 およそ二百メートル先にいたモンスターはすでに俺たちに気がついたのか一直線にこちらに向かっている。


 しばらくすると美湖ちゃんも足を止めた。


「……なにか足音がしません?」


「そうだな。草木が揺れる音とかも気にした方が良いぞ」


 俺がそうアドバイスすると、美湖ちゃんは体を右に向けた。

 ビンゴ。そっちからモンスターはやってきている。


「ファイアーボール」


 美湖ちゃんは接敵に備えてファイアーボールを多重詠唱した。


 五つものファイアーボールを頭上に展開させていることからも、美湖ちゃんは全力で未知のモンスターに立ち向かうようだ。


『あれ? 幻覚? ファイアーボール五つない?』


『なんでこんな簡単そうに多重詠唱出来てるの?』


『それよりもまじで心配。どんなモンスターが来るんだ……?』


 視聴者からは美湖ちゃんの魔法に驚く声や未だ姿が見えないモンスターに立ち向かう美湖ちゃんの様子を心配するコメントが多数寄せられていた。

 すでに視聴者数は十万人を超えている。平日ということを考えるとかなり注目を集めているのではないだろうか。


 モンスターとの距離がおよそ百メートルに近づいた時、モンスターの移動速度が格段に素早くなった。


 メキメキ、と木々を薙ぎ倒すような音も聞こえてくる。


「美湖ちゃん、姿が見えたら全力で魔法を打ち込め。その後は距離を取ることを考えろ。魔法使いは距離を詰められると分が悪い」


「はい」


 そうして遂にモンスターの姿がこちらからも確認できた。


 大型の熊型モンスター、ブラッディグリズリーだ。異世界では多くの人々を殺めてきたことから、その名が付けられたらしい。


 美湖ちゃんは頭上で展開させていたファイアーボールを一気に打ち込む。


『グガアアアアアアアア!!』


 無事ブラッディグリズリーに着弾し、その足取りが止まった。

 しかし、今までのモンスターとは違って倒れる様子を見せていない。


「ダメか……!」


 美湖ちゃんは新たに魔法を詠唱しつつ、ブラッディグリズリーと距離を取るように走り出した。


『マジでやばそうなやつ来ちゃったじゃん!』


『名前わかるやついないのか?』


『冒険者のデータベースには登録されてない。これより小型の熊型モンスターは載ってたけど明らかに違う』


 コメント欄は美湖ちゃんの前に現れたモンスターを見て驚くコメントで溢れていた。

 俺は美湖ちゃんの様子を見ながら情報を補足してみることにした。


「あれはブラッディグリズリーと呼ばれるモンスターですね。討伐隊員だと三級……は無理か。二級隊員がソロでギリギリ倒せるくらいのモンスターですね」


『ブラッディグリズリーなんて聞いたことない』


『これを一人で倒せる討伐隊ってどうなってんだ』


『そんなこと良いから助けてあげろよ!』


 俺の補足情報を聞いてもなおその興奮は収まらないようだった。


「ファイアーウォール!」


 一定の距離を保った美湖ちゃんはさらにブラッディグリズリーの足を止めようと魔法で燃え盛る壁を創り出した。

 狙い通り、ブラッディグリズリーは急に現れた炎の壁に驚いたのか急ブレーキを掛けるように足を止めた。


「はあ、はあ、ファイアーアロー!」


 息を切らしながらも、その隙を逃さないように美湖ちゃんは魔法を放つ。


『グガアアアアアアアア!?』


 美湖ちゃんが放ったファイアーアローはブラッディグリズリーに直撃した。ブラッディグリズリーは美湖ちゃんを危険と判断したのか、一定の距離を取って睨みを効かせている。


「はあ、はあ、全然倒れないじゃん……」


『まじで化け物じゃねえかよ』


『これやばくね? 美湖ちゃんも限界そうだし』


『頑張れ!』


「大丈夫か? 残りの魔力は体感的にどのくらいだ?」


「はあ、はあ、正直もう厳しいです……。私にはまだこの階層は早かったみたいです……」


 美湖ちゃんは悔しそうに目に涙を浮かべていた。

 ブラッディグリズリーを一人でここまで追い詰めたのはかなり褒められることなんだけどな。チームを組んでればすでに討伐できていただろう。


「まあ良い経験になっただろう?」


「そうですね。梶谷さんごめんなさい、あとはお任せしても良いですか?」


「了解。今は周りにモンスターはいないけど、一応周囲を警戒してくれ」


 俺はそう言って背中の鞘から両手剣を引き抜いた。


 美湖ちゃんが展開したファイアーウォールも消え去り、ブラッディグリズリーと俺の間には何も無い状態になる。


 すでにボロボロのブラッディグリズリーは警戒心マックスだ。新たに立ちはだかった俺を睨みながらも一歩も動かない。


 美湖ちゃんも限界だしさっさと方を付けるか。


「『居合斬り・一閃』」


 俺はスキルを発動し一気にブラッディグリズリーに接近する。ブラッディグリズリーは反応が遅れ、その場を後ずさるように仰け反った。


 俺の両手剣はブラッディグリズリーの首元へと向かう。

 信じられない、と人間なら言いそうなほどにブラッディグリズリーは驚いているように見えた。


 首を跳ね飛ばすと、ブラッディグリズリーの巨体はズン、と音を立ててその場に倒れ込んだ。


「ふう……。さて、それじゃ帰ろうか。あ、ブラッディグリズリーの素材なにか取っていくか?」


「……相変わらず良い加減な強さですね梶谷さん。視聴者もドン引きですよ」


「人間努力すればこんなものだ。それより素材はどうする?」


「取っていきます! じゃあ今日の配信はこの辺で終わろうかな。今日もみこみこチャンネルをご覧いただきありがとうございましたー!」


 こうして美湖ちゃんの森瀧ダンジョン攻略は一旦幕を閉じた。

 地上に戻った後、ブラッディグリズリーの素材が予想以上に高く売れて美湖ちゃんは大喜びだった。

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