ハルは中々寝付けなくて、シュウのベッドの上をゴロゴロ転がっていた。
(何の病気なんだろ?こんなに元気なのに。婚約の事を言うのがストレスだったのかな?)
リビングからシュウの生活音が聞こえる。
(オレが病気で倒れてたら、シュウ生活できるのかな?)
同居を始めたキッカケも大学時代のシュウの生活力の無さを心配しての事だった。一日の全ての食事を一杯の白米だけで済ませようとしていたり、服を全て洗濯してしばらく着る服が無かったりした事があった。あまりにも心配になり、ハルはリビングに向かう。
「シュウ?」
シュウは意外にも肉を焼いて食べていた。自分の心配をよそにちゃんとしたご飯を食べていた事に安心する。
「ハル、どうしたの?具合悪い?」
しっかりと火を通してある肉にザクリとフォークを刺す。肉よりも大きく口を開けていたクセに、シュウの唇は口紅のように赤いソースで彩られる。
「いや、相変わらず食べるの下手だなぁと思って。」
「ん……そうか?」
ハルは生唾を飲み込み、作り笑いを浮かべながら、シュウの口元の赤いソースをティッシュで拭き取る。手元を見れば、フォークを持つ指先も赤くベタベタしていた。この指を舐め取ることが出来たらどんなに良かっただろうか。この同居生活の終わりが見えると、ずっと隠していた欲望が不意に顔を見せた。
「もう。ほら、こんなに汚しちゃって……」
ハルは自分がこの家を出ていった後の事が思いやられた。しかし、これだけ献身的に世話をしても見返りは無く、一方的な想いであることも痛感していた。
(まあ、あと少しこうやって触れ合えるならいいか。)
自分が家を出た後は、すぐに自分のようなお世話好きの女でも探すだろう。そして、ハルと違って名家の跡取りとして世間に認められながら結婚するんだろうなと、まだ先の想像に胸を痛める。
シュウの食事が終わると、ハルは自室に戻ってベッドに潜る。
(オレが心配するほど生活力が無い訳ではないんだな。オレが完全に邪魔してただけか……)
ベッドでゴロゴロと転がっていると、シュウが部屋に入ってくる。
「眠れないのか?」
いつもの無表情でハルをじっと見下ろす。こうやって、ハルが弱っている時に優しさを見せてくるのが、シュウのズルいところだ。
「うん。なんとなく寝付けなくて。」
ハルは苦笑いして、シュウを見上げる。きっと、「病人は早く寝ろ」と説教をするに違いない。
「そう。一緒に寝る?」
シュウはスッとハルのベッドに入り、ハルの方を向く。想像を遥かに超えた行動にハルは目をぱちくりさせる。
「おやすみなさい。」
シュウはスッと目を閉じると、すぐに寝てしまった。ドキドキして更に眠れなくなるのはハルだけだと思うと、もどかしいような悔しいような気持ちになる。
結局ハルは一睡も出来ずに翌朝を迎えた。
「おはよう。」
シュウは起きると、いつもの無表情でハルを見つめる。目が合ってなんとなく恥ずかしくなったハルは、布団を被って隠れる。その間に、シュウはベッドから降りて部屋を出た。
「いってきます。」
朝の支度を終えたであろうシュウが、わざわざハルの部屋まで来て、布団を剥がして挨拶をする。このシュウの習慣のお陰でハルは何度、遅刻を免れたか分からない。
「いってらっしゃい。」
ベッドから身を起こして、シュウに手を振る。いつもなら慌てて仕事へ行く用意をするが、休職中らしいハルにはそんな必要は無かった。
何の疑問も抱かずに、日常を過ごす事ができたなら、どれだけ彼らにとって幸せだっただろうか。