ハルは自室に戻りゴロゴロしていると、バスルームからシャワーの音が聞こえる。
(ああ、シュウがシャワー浴びてるんだ。)
聞こえてくる日常の音に、安心感を抱く。
(一昨日から『病気』で生活が変わっちゃったからなぁ……ゆっくりお風呂にでも浸かろうかな……)
シャワーの音が止まると、ハルはゆっくりバスルームへ向かう。ちょうど、バスルームからシュウが出てきたところだった。
「あ、ちょうどじゃん。オレもお風呂入ろうと思って。」
「そうか。」
シュウにドアを開けてもらい、バスルームへ入る。ふと、洗面台の鏡に目をやると、自分の姿に違和感を感じた。
「あれ?首……?なんの痕だろ?」
観察しようと鏡の方を向くと、シュウに襟首を掴まれ、バスルームから廊下へ引っ張り出される。ハルはバランスを崩して、床に倒れる。
「いたたた……」
大して痛みは感じないものの、本来痛むはずの肩や足腰をさする。シュウは勢い良く扉を閉めると、ドアの方をじっと睨んでいた。
「ちょっと何?急に引っ張らなくてもいいだろ!」
ハルはシュウを責め立てるが、シュウは全く意に介さずといった様子だった。眉間にシワを寄せて怒りを滲ませながらハルを見下ろす。
「ハルは……ずっと部屋にいた方がいいよ。」
「なんだよそれ?」
ハルは理不尽な要求に怒りを露にする。見下ろしてくるシュウと目が合うと、急に激しい頭痛に襲われる。
「う……ぐっ……」
こんな風に怒った顔のシュウに見下ろされた事が以前にもあった気がする。それが、いつ、どこで、どんなときだったのかは思い出せない。ただ、とてつもない憎悪の眼差しを向けられた事だけを覚えていた。
「ハル?ハル!しっかりしろ!」
シュウがハルの肩を揺すり、顔を覗き込む。ハルの頭痛が少し落ち着くと、ハルは口を開く。
「なんか……シュウが……」
シュウはハルの腕を自身の肩に回すと、シュウはバスルームから遠ざかる。
シュウの部屋に着くと、ハルはベッドに寝かされる。
「顔色が悪いし、休むといい。心配だから、僕が一晩は見張ってるね。」
「え……うん。ありがとう?」
確かにうずくまる程の頭痛に襲われたが、一晩中見張っていないといけない程、容態が急変するとは思えなかった。
「ねぇ、シュウ。これも『病気』の症状なの?」
「うん。だから、鏡なんて見ない方がいい。」
シュウは枕元に立って無表情のままハルを見下ろしていた。
「ねぇ、結局、オレって何の『病気』なの?ホントは知ってるんでしょ?」
「さあ?」
「そうやって、はぐらかさないでよ。」
シュウはハルから目を逸らす。気まずい沈黙の後、シュウが口を開く。
「本人には教えてはいけない『病気』。本人が知れば発狂する。だから、秘密にしている。」
「はぁ?そんなのアリかよ。全部オレの為って言いたいの?」
シュウは目を閉じて、コクリと頷く。再び目を開いたシュウはハルの髪を撫で上げ、跪いて目線を合わせる。
「二人で心穏やかに最期を迎えたい。それが、近い未来でも。」
「……オレはもうすぐ『病気』で死ぬってこと?そっか、だからか……」
ハルは死への恐怖よりも、違和感の正体が解ったことに安堵した。
「そっか、シュウは……オレを看取るつもりでいたのか……。そんな、これから死ぬ奴なんか放っておいて、新しく彼女なり何なり、お世話してくれる人を探せばばいいのに。」
「ハルだったら、そうするの?」
「いや、シュウの最後を看取るかな?やっぱり、好きだし……。ははっ、同じか。」
「同じで良かったよ。」
シュウは見たことも無いくらい穏やかに微笑んでいた。