ガチャリと開いたドアの向こうは暗く、
『どうぞ、どうせ誰もいません。』
玄関には雨芽の長靴と今脱いだスニーカーが置かれているだけだ。廊下を抜けるとリビングが広がっているがそこはテーブルとTVが置かれている。
喜治は家の中を確認しつつ廊下に置かれたゴミ袋に気付いて声をかけた。
『雨芽ちゃん…ゴミ出しは?』
『ああ、忘れてました。生ゴミとか入ってないから匂いはないと思います。』
『そう。』
『すいません、お茶とか出したいんですけどやり方がわかんなくて…。』
キッチンは汚れてはいないが使われてもいない。
それを説明する気になれず、でも家の中の様子で多分気付くだろうと雨芽は自室の机に鞄を置いた。
『お父さんとお母さんは?』
通る声で喜治が聞いたので雨芽は部屋から顔を出す。
『いませんよ。母は彼氏のところ、父は実家に帰ってます。』
『なんてこった。』
喜治の声が聞こえて静かになるとなにやらバタバタ音がした。雨芽は何事かと覗きに行くと喜治がゴミをまとめている。
『何してるんです?』
『うん、後で帰る時に出せばいいと思ってね。なるほどな…一人で暮らしてるのか?』
『ああ、お姉ちゃんがいた頃は二人でしたよ。』
『お姉ちゃんは幾つだったんだ?』
『…十七歳。』
『誰か帰ってくるのか?』
『お父さんが時々、お金を置いていきます。あとカップ麺とか。』
『そうか。』
喜治は頭を掻くと溜息をついて辺りを見回した。
『うん…とりあえずキッチン借りるわ。』
『ああ、はい。』
キッチンへと向かう喜治を追いかけて行くと、彼は冷蔵庫、棚を確認し始めた。
引き出しからお茶の缶を見つけると一度蓋を開けて匂いをかぐ、小さく頷くと鍋を取り出して水をいれ焜炉に火をつけた。そしてとなりの焜炉にフライパンを出して火にかけるとお茶の缶をぶちまける。
『何してるんですか?』
『お茶を
フライパンを揺らしてお茶を動かすと香ばしい匂いが漂った。
『いい匂い。』
『うん。お湯も沸いた。』
棚からカップを二つ取り出してそこに茶漉しを乗せると茶葉を入れてお湯をかけた。
『急須があれば楽なんだが…あとで探しておきな。はい。』
カップを手渡されて雨芽は久しぶりにカップでお茶を飲む。
暖かく体にじんわりと溶けていくようだった。
『あのさあ、雨芽ちゃん。俺はここに君を置いておくのは正直賛成できないんだけど、お父さんが時々帰ってくるんだよね?』
『はい、そうですね。』
『他に大人はいないのか?親戚とか…。』
『いないですね。食事は外で何か買えばいいし…お風呂と寝る場所さえあれば大丈夫です。』
喜治はうんと唸ると片手を額にあてた。
『そういうことじゃないんだわ。親御さんに連絡がつくなら俺が話すけど…。』
『いいですよ。もう慣れてるんで大丈夫です。』
雨芽はカップのお茶を飲むと笑った。
『本当に大丈夫です。心配してもらってありがとうございます。』
これで終わりにと言う顔をして雨芽はそう言った。
玄関ドアを開けた喜治は振り返る。
『雨芽ちゃん…俺はあの家にいるから、何かあったら来いよ?』
『はい。』
ドアが閉まると廊下は喜治が掃除してくれたおかげで綺麗だった。
キッチンに戻りもう一度お茶を作る。お湯を注ぎカップに入れると一人でそれを飲んだ。
『うん、美味しいじゃない。』