どこもかしこもクリスマスムードだ。まだ十二月に入っていないというのに。恋人のいる同級生は、プレゼントをどうするか、なんてことを話しており、それが羨ましかった。
僕が櫻井さんにできるクリスマスプレゼントといえば、オリフェスを成功させることだろう。本当はアクセサリーでも贈りたいけど、僕はただの後輩。重いことはしたくない。
スタジオ練習を重ね、四曲はかなり仕上がってきた。問題は五曲目だ。櫻井さんの歌詞はまだできていなかった。
「もう! あと一ヶ月切りましたよ!」
練習の後、ファミレスで大城さんが言った。
「わかっとうって。今までの歌詞みたいに感情に任せて書くわけにはいかんのやって」
櫻井さんは頭をガシガシとかいた。澄さんが言った。
「困るのは瑠偉くんなんですからね……頼みますよ……」
「わー! わかっとうからぁ!」
僕も急かしたかったが、ここで追撃するのは良くないだろう。優しく声をかけた。
「じっくり考えてええもん作って下さい。僕は大丈夫ですから」
「瑠偉くぅん……」
そうは言ったものの、他の四曲も実はたまに間違えていた。オリジナル曲だから、観客にはわからないかもしれないが、僕はきちんと櫻井さんの歌詞を届けたい。大城さんが言った。
「最悪、四曲だけでやりましょうか。時間オーバーするのはダメですけど短くなるんは大丈夫でしょうし」
「いや、絶対に五曲やりたい! 俺頑張るからぁ……」
櫻井さんを責めてほしくなかった僕は、大城さんに話を振った。
「就活、どんな感じですか?」
「企業研究とか自己分析とかしとうけど、わけわからんくなってきたな。なぁなぁ、瑠偉くんから見てあたしってどんな印象?」
「そうですね……第一印象は強引、でしたけど。きちんと周りのこと見てらっしゃいますし、細かい調整も得意ですし、器用な人でもあるなぁって思ってます」
「わっ……めっちゃ褒められた」
澄さんが言った。
「器用……? この前のグラタンは何ですか」
「あれでも頑張ったんやって!」
「チーズが皿にこびりついて取るの大変だったんですからね……」
大城さんは料理下手、と。今度は澄さんに尋ねた。
「澄さんは料理するんですか?」
「多少は……卵かけごはんとか……」
「それ……料理ですか?」
「料理だよ……」
澄さんも得意ではないようだ。まあ、カップ麺しか作れない僕が言えたことでもないのだが。大城さんが言った。
「最近は瑠偉くん、櫻井さんの手料理ばっかり食べてるみたいやけど?」
「まあ……そうですね。バイトの日以外は」
櫻井さんのレパートリーは広い。特に和食が得意なようで、前日は肉じゃがをごちそうになっていた。櫻井さんが僕の頬をぷにっとつついた。
「瑠偉くんに作るん楽しいんよなぁ。ペロッと残さず食べてくれるから。まあ、瑠偉くんの好き嫌い把握したんもあるけどな」
そんな僕たちの様子を見て大城さんはニヤニヤし始めた。
「ほんまに二人、息合ってきましたねぇ。バンドとしては理想的なんでええんですけど」
澄さんも言った。
「瑠偉くんって……演奏中は櫻井さんばっかり見てるよね……」
「その、心細くなっても櫻井さん見たら安心できるんで」
櫻井さんが僕の肩に腕を回してきた。
「ほんまぁ? 嬉しいなぁ!」
大城さんは苦笑いになった。
「ちょっと、こんなとこでいちゃつかんでくれます?」
それでも櫻井さんは僕にくっついたままだった。その夜は、泊まりに行くことにした。
「瑠偉くん……わかってきた?」
「はい……何となく……」
僕の身体は櫻井さんの指を受け入れられるようになっていた。会えない日も自分でするようになったし、準備は着々と進んでいた。
「今日はこの辺にしとこか。見せたいもんもあるし」
「へぇ、何ですか?」
櫻井さんは何冊かノートを取り出してきた。乱雑な字で、読むのに苦労したが、歌詞のようだった。
「高校の時のやつ。ここからあの四曲作ってん」
「へぇ……櫻井さんの原点ですか」
「せやね。見せるん恥ずかしいねんけど、瑠偉くんやったらええかと思って」
そこには「恋人」の元になったであろうものもあった。
「櫻井さんかてこの頃からタバコ吸うてたんやないですか」
「あっ、バレたか」
「櫻井さんも悪い子ですね」
入学式の日。喫煙所に立ち寄らなければ、今のような関係にはならなかったかもしれない。
「タバコ以外の恋人は居なかったんですか?」
「うん。当時はそんなん作る気すらなかったわ」
僕はノートを閉じて櫻井さんの瞳を見つめた。
「もっかい……しましょう。泊まりですし」
「欲しがりやなぁ、もう」
本当に欲しいのは櫻井さんの気持ちだ。けれど、きっと叶うことはないから。