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第24話 懇願

家に帰って自分の部屋へ行くと窓を開けてタバコに火を点けた。

私の中に今までにない感情が湧いていた。

それは、千沙だけは助けてあげたいというものだった。

今日のさっきまでは、千沙に会うまではどうでもよかった。

自分から勝手について来たのだから、死のうが恐怖で発狂しようが私には関係のないことだと思っていた。

だけど、さっき千沙に自分の苛立ちをぶつけて、その後に普通に話したことが私の中に変化をもたらしたようだ。

千沙は少なくとも現時点では私と一緒に高校へ行きたいと思っている。

人の気持ちなんて次の瞬間にはどうにでも変わるものだけど、今はそう思っている。

その思いに応えたいと。そう傾いている自分がいた。

高津の死にも、真一の死にも私は責任なんて感じていない。

それはこれからもそうだろう。

これから千沙が、仮に死んだとしても、その死に責任を感じる必要はない。

だって、あのとき二人は「死にたい」と、願っていたのだから。

でも、今はそうでないなら…… 回避できるものなら回避させてあげたい。

こんなにも強く他人のためを思う気持ちが自分にあるなんて驚きだった。

しかし私になにができるだろう?

呪いをリセットする?あのときは鼻で笑ったが、今はそういうわけにもいかない。

だが、今はそんなあてもないことを探ることに時間を費やすよりも、あの呪いがどういうもので、なにが発端なのかを知る方が先だと考えた。

そうすれば呪いをリセットする?そのような道筋が見えるかもしれない。

とにかく時間がない。

あの家に行ってから真一が死ぬまで、高津のことを思い出しても三日程度だった。

今まであの家に行って呪われた人の中にはもっと長い時間を生きた人がいたかもしれない。

それに千沙があてはまってくれれば良いのだが、楽観は捨てて今日明日には最悪の事態が起こると思わないと。

まずは考えよう。

幸いにも私には、この頭の中に真一や千沙にはなかった情報がある。

あの日記と夢だ。


部屋の調度品などから考えると、自殺した女子高生が関わっているわけではなさそうだ。

すると日記に書かれていた「蛇餓魅と一緒になった人」が関わっているということか?

私が考えるに、あの家には最低でも幽霊が二人いる。

一人は自殺した女子高生の荒木美咲。

もう一人が「蛇餓魅と一緒になった人」だ。

あの家に行ったときに聞こえた話声。

性別はおそらく女性だ。

しかしひそひそと話していたので、どういう年齢層なのかまではわからない。

あの夢を私に見せてなにがしたいのだろう?

何度も繰り返し見た夢だから細部まで覚えている。

古い時代なのは間違いないが、江戸時代とかではない。

男が入ってくるとき、閉まっていなかったのはガラス戸だった。

そして部屋の夢のときは、天井から電球が吊るされていた。

この二つが続いているなら、電機やガラスが当たり前のようにある時代。

男は着物姿だったが、髪型は今の時代の大人と変わらない。

偉そうな髭もはやしていない。

明治…… 大正?

そこまで昔な感じはしなかった。

では昭和か?

庭に面したところから男が入ってくる。縁側には風鈴。

なんとなく田舎という感じがする。

これ以上はいくら考えてもきりがなかった。

ダメだ。ここで考えることを放棄してはいけない。

考えてみよう。

なぜ「蛇餓魅と一緒になった人」はあの家に来たのか?

日記には前からいたと書いてあった。

荒木美咲が呼んだわけではない。

呼び出したとかそんなことはどこにも書いていなかった。

ということは、元からあの家にいたことになる。

「なんで?なんであの家にいたの?」

呟いてからベッドに仰向けになった。

そもそもの噂では、蛇餓魅の森で自殺した荒木美咲が自分の家に帰ってきているというものだった。

同じように「蛇餓魅と一緒になった人」も家に帰ってきていたのではないか?

だとすると昔住んでいたのが、あの家ってことか。

高津は荒木美咲の声に怯えていた。

真一と千沙は子供に怯えていた。

だけと「蛇餓魅と一緒になった人」は子供じゃない。

子供なら「一緒になった子」となるはずだ。

同じように、荒木美咲と同じ歳や歳下も「子」という表現になる。

「人」と表現するなら、荒木美咲よりも歳上になるだろう。

つまり、あの家には高津が怯えていた荒木美咲、真一と千沙が恐れていた子供の他に、誰かがいる。

そしてまだ、そいつのことを誰も見ていない。

それが「蛇餓魅と一緒になった人」に違いない。

あの臨時講師、桂木先生の友人たちは誰を見たのだろうか?

あの家、いや、あの場所か。

あそこでなにか発端になるような出来事があったはずだ。

なにか、よくない死に方をした事例が。

あの家はいつも人がいつかない。

いつもなにかあったという事だ。

「遡って調べればわかるかも」

あの家でどれだけの事が起きたのかはわからない。

だが、その中にきっといる。

手掛かりはあの夢の中にある。

あそこからわかる情報をもとに、調べるしかない。

もう少しでわかりそうだ。

なにかが閃きそうな感じがする。

あの夢を「蛇餓魅と一緒になった人」が見せているなら、最初に男が入ってきた部屋は「蛇餓魅と一緒になった人」が住んでいた家、つまり高津や私たちが行った家だ。

そうだ!思い出した!

あの夢の部屋。

庭に面した窓のある部屋をどこかで見たことがあると思ったのは、あそこだ。

あの家へ入った夜、学校の臨時講師とその仲間が来た。

帰るときに他に誰かいないのか、家中をくまなく探したときだ。

最後に入った、一番奥にあるリビング。

あそこには大きな窓があり、雨戸が占められていた。

私たちが侵入したのは庭から。そのときに雨戸が閉まっている部屋があのリビングだったんだ。

床はフローリングだったけど間違いない。

あの夢で見た部屋は、あの家のリビングの昔の姿だったんだ。

だから荒木美咲は、あの家にもともと住んでいた「蛇餓魅と一緒になった人」と会えたのだ。

そして次の夢。

あの、綺麗な着物がたくさんある窓のない部屋。

壁の感じや部屋にあるものからして、最初の部屋とは全く違う。

あれは別の家だ…… 着物がたくさんあるのは女性の部屋かな?

お金持ちの人と結婚したのかも……。

いや。違う違う違う。

あの部屋には窓が全くなかった。

どうして窓がない?外の景色を見せないため?

景色を見せたくない、見たくない、どっちだろう?病気だったのだろうか?

結婚して、病気で亡くなって、家が恋しくて帰ってきた…… それで人を呪うか?祟りになるのか?

死んでからも家に帰ってくるのは、よっぽど帰りたかったから。

つまり帰りたくても生きている間は帰れなかった。

怨念をもったのは、不本意な環境で理不尽に死んだから。それなら人を呪うのもわかる。

あの部屋が「不本意な環境」だとすると、窓がないのは景色を見せたくないとかそういうもんじゃない…… もっとこう、直接的なものだ。

「あっ……」

思わず声が出た。

窓がないのは外に出さないため、逃げ出さないためではないのか?

そうなると結婚とかそういうものではない。

いくらなんでも、それなりに裕福な家の人間が、自分の嫁を窓のない部屋に監禁のように押し込めるだろうか?そういう人は世間体とかをとても気にするだろうから、そんな真似はしないと思う。

座敷牢?頭がおかしいとか病気とかで閉じ込めていた可能性も捨てきれないけど、だったら離婚して実家へ帰さないかな?

押し込めて外に出さないくらいなら帰した方が手っ取り早いしコスパもいい。

押し込める…… 外に出さない…… 監禁。そうか。女の人は監禁されていた。

望まない不本意な環境だとしたら、それは誘拐されて監禁されていた。

そして殺された。

最初の夢に出てきた男が誘拐したのだ。そしてあの窓のない部屋に監禁した。

あの部屋の感じからして、着物や小物、家具、それなりに贅沢な暮らしを提供していたことがわかる。

私にはとても理解できないが、誘拐という犯罪行為に走ってでも男は女を自分のものにしたかったのだろう。

そして女は死んだ。殺されたのかはわからないが、とにかく死んだ。それも無念のうちに。

だとしたら、過去にあの家に住んでいて誘拐された、もしくは突然いなくなった女の人がいるはずだ。

その女の人こそ、私に夢を見せている人、「蛇餓魅と一緒になった人」に違いない。

私は自分の導き出した答えが間違っていないと確信していた。

根拠は自分の見た夢と推測でしかない。

それでも、今自分に与えられている情報から導き出される答えとしては最適解だという自信が揺るがない。

明日、過去の事件を調べてみよう。

どこか適当な場所はないか?図書館だと、一番資料が揃っていそうなところは町民総合施設にある図書館だ。

もしかしたら呪いの真実に辿り着くかもしれない。

それは怖くない。むしろ、好きな人にようやく会えるようなロマンチックな気分だ。

おそらくここまで気がついたのは私だけではないだろうか?

私だけが辿り着ける呪いの真実…… そう考えると胸の内から熱くなった。

窓を開けてタバコを吸う。

真っ暗な夜空に煙を吐いたとき、私の頭の中に町で見かけて、あの綺麗な女性の姿が浮かんだ。

私は、あの女性が「蛇餓魅と一緒になった人」ならどんなに素敵なことだろうと夢想した。

でもちょっと待って……。

今はそんなことを考えている場合じゃない。

私の好きよりも千沙を優先しないと。

それに真一と千沙に憑いてきたのは子供の霊だ。

それも複数。

残念ながら、日記にも夢にも子供につながるような情報はなかった。

子供はあの家にどういう関係があるのだろう?

あの家にはまだ私が見ていない、知らない情報があるのかもしれない。

それはどこにある?頭の中に残っている各部屋を思い出す。

高津から送られてきたLINEの画像を見てみる。

自殺した女子高生とも「蛇餓魅と一緒になった人」とも子供は関係ないとしか思えない。

しかし関わっているのだ。

なにかでつながっているはずだ。でなければわざわざ呪いに来るはずがない。

「蛇餓魅と一緒になった人」がわかっても、今ここで肝心なのは子供の霊なのだ。

今はここまでが限界だった。

あとは昔の資料を図書館で漁るしかない。

それは明日になってしまう。千沙のことを考えれば、それでは時間がないのだ。

確かに明日でも大丈夫かもしれない。私の中にはそういう考えもある。

仮に今行っても、閉まっている施設に入るには窓ガラスを割って侵入するしかない。

そんな状況で、たくさんある資料の中からお目当てのものに辿り着けるのか?無理だろう。

だとしたら、もうこの方法しかない。

私は親が寝静まるのを待った。

零時を過ぎたころ、もう完全に寝静まったころを見計らって家を出た私は、蛇餓魅の家へ向かった。

夜中に自転車で向かったが、唯一心配だったのは警察官に出くわすことだった。

こんな夜中に中学生が出歩いていたら止められるのは火を見るより明らかだ。

そうなったら私の目的も果たせない。

注意しながら自転車を走らせて、蛇餓魅の家へ着いた。

私から見ればなんの特別性もない空き家に過ぎない。

しかしここに人を呪い殺す霊がいるのは明らかだった。

家の前に自転車を止めると、南京錠がかかった門に脚をかけて乗り越えた。

玄関のドアが開いているのは知っている。

だからわざわざ塀が崩れている裏手に回って入るなんてまだるっこしいことはやっていられなかった。

「お邪魔します」と、声をかけてから中に入ると、ツンとした埃の臭いが鼻腔をくすぐった。

最初に入ったときもこうして声をかけた。

そのことを千沙にからかわれたのを思い出した。

今は考えてみればここには人間ではないにしても、存在する者がいるのだから声をかけるのも変なことではないと自分に向かって言った。

持ってきたライトを照らしながら、まずは二階の奥にある部屋に行く。

壁一面に文字が書かれた部屋の中を、念を入れて隅々まで見て回った。

ここになにか子供に関する手掛かりなないのか?押し入れからベッドの下、机の引き出しの全てに目を通したが、私が望むようなものは見つからなかった。

続いて一階のリビングへ行くと、同じように探して回ったが、なにも見つからなかった。

そのとき、空気の湿気が入ってきたときよりも増しているのがわかった。

この前入ったときはこんな感じはしなかった。

明らかに違う。

同時に、誰かが側にいるような圧を感じた。この感覚は混雑しているバスに乗ったときに似ている。

周囲に大勢の人がいるときに感じる不快感と圧力。

ライトで辺りを照らしてみるが、目に入るのは置き去りにされたわずかな家具と、雨戸が閉められた窓だけだった。

しかし、たしかに人がいる圧を感じる。息遣いもしてきた。

しかしライトの明かりは窓ガラスに反射するだけで、私の目に入るのは無人のリビングだけ。

「いる…… ここにいるんだね」

誰もいない空間に向かって言葉を発した。

心臓の動悸が早まると同時に、汗をかいているのがわかった。

私は誰もいない空間に向かって再び言葉を発した。

「ごめんなさい。すみませんでした」

私の言葉に返ってくるものはない。

あるのは静寂だけだ。

それでも続けた。

「あのう…… 私はどうでもいいんですけど、千沙のことは許してもらえませんか?あの子は良い子なんです。代わりに私を殺していいですから」

言い終わったときには、湿気はまるで体に纏わりつくように増えていて、圧はどんどん増してきていた。

もう数センチ横まで誰かがいる。

そして徐々に息苦しくなってきたときに、ライトに照らされた窓ガラスに女の人の影が映った。

スラッとして髪が長い女の人のシルエット。

その瞬間に圧も湿気も消えた。

「あの!」と、私が声を発したときには女の人のシルエットも消えていた。

静まり返っただけのリビングにしばらく佇んだが、埃の臭いがするだけで他にはなにも変わらない。

さっきまで感じていた異様な雰囲気が跡形もなく消え失せてしまった。

私は窓に向かって一礼し、さらに玄関を出るときに一礼して家に帰った。

千沙に憑いている子供の霊がなんなのかわからない以上、私にはああして訴えることしか思いつかなかった。

音を立てないように玄関を入り、自分の部屋へ行くと服を脱いでそのままベッドに寝転んだ。

もの凄い疲労感が私の体を満たしていた。

明日は学校が終わったら図書館へ行こう。

千沙が殺されませんように。

千沙を許してください。

睡魔に襲われる中で、それだけを頭の中で繰り返した。





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