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第25話 蛇餓魅と一緒になった人

千沙が死んだ。

私がそれを知ったのは、朝になって学校へ行ってからだった。

千沙は今日の未明に死んだらしい。

朝のニュースにもなっていたが、昨日遅くまで起きていた私は見ていなかった。

「ああ…… 千沙」それしか言葉が出てこなかった。

深く息を吐くと、そのまま自分の席に着いた。

全身から力が抜けたような感覚の中で、最後に交わした千沙との会話と、彼女の顔が頭に浮かんだ。

胸の中にぽっかり穴が開いた気がして、あのがらんとした市場のように私の胸の穴を潮風が吹き抜けていくような気分になった。

千沙は死んだ。もう私のやることはない。

そんなときに、放課後になったら真一の自殺についてヒアリングをすると担任から言われた。

なにを聞きたいのだろう?急におかしくなった。

私が知っていることを全て話したところで、いったい教師の誰が信じるだろう?

バカバカしいったらありゃしない。

どうでもいい。適当に済ませよう。

自分の順番が来るまでそう決めていた。

しかし、担当する教師の顔を見て気が変わった。

私の担当は、あの夜に会った非常勤講師だった。


ヒアリングが終わった後、私は若干後悔していた。

なぜあそこまで挑発的な態度をとってしまったのだろう?

自分に問うが、おおよその理由はわかっていた。

あの非常勤講師の女が私は気に入らなかった。

顔を見た瞬間はそうでもなかった。

しかし一言二言話すうちに、私と同じようにあの家へ行って友達を亡くしているのに冷静で割り切ったような口調を聞いているうちに、千沙との最後の会話を思い出して癇に障ったのだ。

その勢いで自分を必要以上に悪く見せた。

別に自分から誘ったわけではないが、あの家に真一と千沙を誘ったのは自分だと言った。

千沙の死を殊更待ち望んでいる楽しみのような言い方をした。

後者に至っては、確かにそういう気持ちもあったのは事実だ。

千沙の家に行く前までは。

しかし、千沙の家に行った後は彼女を何とか助けたいと思う気持ちがあった。

それが全く無残に終わってしまったときの喪失感と無力感。

その反動がああいう言動につながったのかもしれない。

真一と千沙の死に責任はないが一因はある。

そういう思いが今の私の中にはある。

そういった気持ちを、同じようにあの家へ行き、友だちを失ったあの女に歪な形で伝えたかったのかもしれない。

あのときの自分でも整理しきれない感情を後付で言うならそんなところだろう。

あまりにも不器用で不細工なやり方だった。


水曜日。学校へ行くとクラスでは真一に続いて千沙の死に対して、驚きながらも例の家へ入った祟りのせいでだと噂が飛び交った。

私はその日、生活指導と担任の前でヒアリングのときに非常勤講師に話したことについて聞かれた。

それは「死にたい」と言ったことについてだった。

そして真一や千沙も同調したことについて。

しかし私は自分の言ったことは「冗談」として、あとの二人が本当に死にたいかなんて自分にはわからないと話した。

わからないが、自分が勝手に持った印象だと前置きしてから、たぶんあの二人も真剣に死にたいなんて考えてるようには思えなかったと付け加えた。

私は成績も良く、家庭環境にもこれといった問題は無い。

生活指導と担任の教師は、私に対してのヒアリングを切り上げると、最後に心霊スポットのような場所に悪ふざけで出向くような真似は止めるよう釘をさした。

私は素直に聞き入れて教師二人に謝罪した。

非常勤講師と話したときとはまるで違う、愁傷な態度を最後まで取り続けた。

これでいい。

どうせこいつらにはなにを話したところで意味はない。

もう真一も千沙も死んだのだ。

もうどこにもいないのだから。



今日の放課後からクラスは三日間閉鎖する。

学校が終わった私はクラスメイトの男子二人、女子三人とカラオケに来ていた。

「巴、大丈夫なの?ヤバイんじゃない?」

女子の一人が心配そうに言うが私は平然としていた。

みんなは私一人が改めてが教師に呼ばれてことよりも祟りの方を心配していたのだ。

「そう?別になんにもないんだよね」

「つか、本当に祟りなのかよ?」

「祟りでしょ。普通はあんな飛び降り方しないって……ていうか、なんかに掴まれて放り投げられたみたいだったよね?」

「そうそう……」

「神社とかでお祓いすればいいのかな?」

クラスメイトの会話を私は面白がって見ていた。

この子たちが千沙や真一と同じものを見たらどうなるのか?

まあ、ただではすまないだろう。

だけど以前のように、死ぬ様を見てみたいとは思わなかった。

正直どうでもいい。

この子たちに対して千沙に抱いていたような思い入れは無い。

勝手にどんどん死ねばいいとさえ思った。

「このまま教室にいついたりするかもね。みんな感じない?」

「止めてよ!マジで怖いじゃん」

「感じるって……?」

「可能性としてはあるかもね。誰かの視線……なにかいるような気配。真一も千沙も言ってたよ」

私の言葉に全員が顔を見合わせた。

「言われてみれば……」

「あるかも」

「マジ?あたし感じないよ」

「じゃあ教室にいるのかよ?」

「いたらヤバイよね。私の次は誰か……全員呪われるかもね」

スマホを弄りながらつぶやく。

「なら、みんなで悪霊を祓えばいいんじゃない?こっくりさんみたいに呼び出してさあ、それで祟らないように命じてから帰ってもらえばいいでしょ」

「そんなことできるの?」

「ほら」

一人がかざして見せたスマホ画面には霊の呼び出し方が載っていた。

対話のやり方も書いてある。

「ほんとだ、こっくりさんみたいなもんなんだね」

「こういうのって人が多いほど意思の力が強くなるって聞いたことあるよ」

その言葉にみんなが反応した。

「じゃあ呼びかけてみる?クラスのみんなに」

「いいんじゃない?」

「これ、ネット配信したら面白いんじゃん?」

「霊が来たら心霊動画生配信になるよ!凄いよそれ!」

私を除いた全員が興奮気味に話す。

一人、冷ややかにその様を見てこう思った。

よくはわからないけど、家に入った程度で殺しにくるような霊が会話して帰るなんてありえないだろう。

ちょっと考えればわかりそうなことだ。

目の前でああいう死に方をクラスメイトがしているのに、そこからなにも想像できないのだろうか?

自分のように「死」そのものに対する希求があるなら別だが、どうもそうは見えない。

まあ、なにが起きても自分で選択した結果なのだから私が責任を感じる必要はないな……。というところに落ち着いた。

クラスメイトは早速LINEを発信して、交霊会を兼ねた除霊会は明後日やることになった。

これ以上は付き合っていられないと思った私は、一人だけ先に店を出ると総合施設の図書館へ向かった。

この前に閃いたことを確認したかったからだ。

あのときは千沙を死なせまいと思って調べようとしたが、今は純粋に自分が辿り着いた答えに対する興味だけしかなかった。


町民総合施設に着くと、案内板を見ながら図書館へ向かった。

小学生の頃は何度か来たことがあるが、最近はほとんど来たことがない。

空調は効いているし、飲み物も売っているし、これはこれでありだなと思った。

図書館に着くと新聞記事と町の歴史がわかるものをテーブルに置いて調べ始めた。

私はあたりをつけていた。

夢の中の雰囲気から判断して、昭和三十年代くらいから遡っていけばいい。

町の歴史ではこれといって大事件のようなものは載っていなかった。

健康優良児の名前に見たような字を見つけた。

「桂木…… もしかしたらかもね」

桂木先生の関係者かもね。覚えておこう。記憶に留めながらページをめくる。

「あっ」思わず声が漏れた。

頭を下げて周囲を見るが、私以外に図書館にいる人はいなかった。

「この子って……」

私が見たのは全国作文コンクールで受賞した小学生の写真だった。

村田美奈子という小学生だ。

異様に整った顔立ち。大人びていて中学生くらいに見える。

私は自分の動悸が早まるのを感じた。

息苦しくなるくらい。

口を開けて大きく息を吸い込む。

「う、嘘でしょう…… こ、これって、あの人じゃないの?」

村田美奈子は、町で見かけてから私が憧れて、心奪われた人にそっくりだった。

この子を成長させたらきっとああいう感じになる。

顔立ちなんてそっくりだ。

何の気なしに町の歴史から目を通しておいて良かった。

あの人は人間ではない。そして村田美奈子に違いない。

そうなると私が探している事件は、彼女が作文コンクールで受賞した年から後の年に起きているはずだ。

あの人の見た感じは十九歳か二十歳。私の推察では数年は監禁されていたはずだから、受賞したときが小学校三年生で九歳。そこから五年の間を調べてみよう。

探す事件は誘拐もしくは失踪だ。こんな小さな町での誘拐事件なら大きく取り扱うはずだからすぐにわかる。

でも失踪は事件性がないから扱いは小さい可能性がある。そもそも新聞に載るだろうかとも考えたが、自分の閃きを信じて新聞記事を漁った。

「これ、これだ!あった!」

思わず声をまた出したが、今度は周囲なんて気にしている場合ではない。

行方不明の少女…… 名前は村田美奈子。

少女は夕方自宅から姿を消したとある。窓から侵入してくる男の夢が頭に浮かぶ。

昭和二十四年のことか。

庭から何者かが侵入した形跡があったとも書いてある。

間違いない。

逸る気持ちを抑えながら、記事をコピーした。

テーブルに戻り、その後の記事を読む。

村田美奈子が発見されたとか帰ってきたという記事は無かった。

おかしいな…… この写真に見覚えがある。

村田美奈子の白黒写真を見ながら、自分の中に芽生えた違和感の正体を探った。

覚えがあるというのは、町で見かけた人に似ているからというものではない。

それは、あの人に似ているということから感じるものだ。

今私が感じたのは、この写真そのもの、このときの村田美奈子に覚えがあるというものだ。

以前にこの本を読んだことがある?いや。町の歴史なんて今まで興味がないから見たこともない。

新聞記事も、こんな古い記事を過去に読んだこともなければ、そもそも関心を抱いたことすらない。

では、私はこの写真をどこで見たんだろう?

町にある写真屋?違う違う。

どこで見たんだっけ?もうそこまでわかりかけているのにもどかしい。

白黒の写真、かなり古い、それを私が見る機会は……?

家にはこんな古い写真はない。学校でも見た記憶がない。

小学校か?小学校でなにか町の歴史のようなものに触れる機会があった?

あったかもしれない。あったかもしれないが違う。

自分の興奮を抑えながら必死に思い出す。

あった。私の身近で古い写真を見る機会があった場所。

記事と本を戻すと、図書館から出た。

私は祖母の家へ向かって自転車を走らせた。


祖母の家は自転車で片道40分はかかる。

汗だくになり到着した。

「どうしたんだい?巴」

私の顔を見た祖母は目を丸くした。

「おばあちゃん。お正月以来だね」

「わざわざ自転車で来たの?大変だったでしょう」

「まあね。ちょっと上がっていい?見たいものがあって」

祖母は私を家に上げてくれると、居間に通した。

「さあ、お飲み」

「ありがとう」

暑い外を自転車をこいできたことで、喉がカラカラだったからありがたい。

一気に飲み干すと用件を伝えた。

「前に見た記憶があるんだけど、お祖母ちゃんの家族が集まった写真があったじゃない。お祖母ちゃんがまだ赤ちゃんだったころにみんなで写ってたやつ」

「ああ、それならあそこにあるよ」

祖母が指さす先には額縁に入れられた古い写真が鴨居の上にあった。

思わず座っていたソファーから立ち上がり、写真の下に行く。

「これ見ていいかな?」

「いいけど…… もしかしてそんな古いものをわざわざ見に来たの?」

「ちょっとね」

中央近くに着物を着た女性に抱っこされている赤ちゃん。

これが祖母だろう。

「これはどういう集まりだったの?」

「私が産まれた年の正月にみんなで集まったんだよ」

「こっち側にいる家族は?親戚の人?」

左側を指して聞く。

「そっちにいるのは、私のお母さんの姉さん家族だね。その人たちが気になるのかい?」

「うん。この人は誰?」

姉さん家族という中にいた、着物を着ている整った顔立ちをして背が高い少女を指さす。

「その人が気になるの?従妹だけど…… ど、どうして?」

祖母は明らかに動揺していた。

「別に。綺麗な人だなって。私の身内にこんなきれいな人がいるんだから会ってみたいなって思ってさあ」

「ど、どうして急に」

「学校の宿題でね、この町の歴史を調べていたの。そうしたら昔の写真で作文コンクールで受賞した人の写真が載っていてさあ。見覚えがあったから。そういえばお祖母ちゃんの家の写真で見たなと思って」

「そう……」

祖母は私の隣に立つと「その人は美奈子さんと言ってね。今はもういないんだよ」と、言った。

「亡くなったの?」

「多分ね。もうずっと昔の話だけど、美奈子さんは誘拐されたんだよ。警察がいくら捜しても、町の人も協力したんだけど見つからなくってね…… 美奈子さんのお母さんはおかしくなってしまって…… 私のお母さんも大分心を痛めていたよ」

「まだ見つかっていないの?亡くなったっていうのは?」

「みんなで決めたんだよ。亡くなったことにしようって。それ以上は言えないんだ。ごめんね」

そう言うと祖母は写真に向かって手を合せるとお経を唱え始めた。

私もそれに倣って手を合わせて目を閉じた。

美奈子さんは死んだのだろう。おそらく血縁者はその事実を知っているが具体的には口にしないようにしている。

それは殺されたからだと思った。

それも口に出すこともできないような惨たらしい死に方だったに違いない。

「巴。もうこの人のことを気にしたらいけないよ」

「どうして?」

「連れて行かれるから。あなたみたいな若い子は笑うかもしれないけど、私たちは本気でそう思っているの。だからお願い」

祖母は優しい顔で諭すように言った。

「わかった。そうするね」

この口ぶりから、祖母は美奈子さんが人を呪い殺す幽霊になってこの世にいることを知っている。もしくは感じているのかもしれない。

だけど私は以前よりもはるかに強く、この村田美奈子に惹かれていた。

そのことをわざわざ祖母に告げる気はなかった。



祖母は、もう外は暗いから家に泊っていくように勧めたが私は学校があるからと言って帰った。

家に電話をして、帰りは行ほど急ぐ必要はないから、国道沿いにあるコンビニで休憩しながら帰った。

それから一時間半ほどして帰宅した。

自分の部屋に行くとエアコンを点けてから窓を少し開けて換気した。

部屋の隅に座り、窓の隙間を眺めながら考える。

「蛇餓魅と一緒になった人」は村田美奈子という人だった。

私が町で見かけた人とも同じ。

そして血縁者だったのだ。

私に微笑みかけた顔が忘れられない。

そして二次的な収穫もあった。

町の歴史にあった健康優良児で表彰された子供の中に桂木姓の女の子がいた。

臨時講師の桂木瀬奈はこの町で生まれ育ったと言っていたから、表彰された子は血縁者という可能性もある。

そして年代的に、村田美奈子と面識があった可能性が高い。

私は血縁者だから。

桂木瀬奈は顔見知りの血縁者だから。

だから村田美奈子は見逃してくれた。

呪わなかった。

本当にそうなのだろうか?

その程度の理由で、あれだけ人を殺す霊が見逃してくれるのだろうか?

それにあそこの家にいるのは村田美奈子の霊だけではない。

他にもいるはずだし、他の霊からしたら血縁とかそういうことは関係ないはずだ。

それなのに、なぜ自分とあの桂木瀬奈は無事でいられるのか?

呪われないのか?

まあ、これについては急いで考える必要はないだろう。

今日は、なんだかとても疲れた。

さっさと寝よう。




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