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第29話 邂逅・巴

クラスのグループLINEは昨日から大変なことになっていた。

全員がパニックになっている。

私もまさか、家にも行っていないのにクラスメイトが殺されるなんて思っても見なかった。

どうしてあの家に行ったわけでもないのに、美奈子さんはあそこに現れたのだろう?

昨日の迦麗の言葉を思い出した。

「活発になっているところにあんな煽りをいれたら、ああなっても仕方ないわね」

なにが活発なのだろう?あの赤黒い奴のことかな?

その日はクラスのLINEを眺めていたが、飽きてきたので海の方へ出かけた。


いつものように漁港から海辺が見える場所に出た。

夏の昼間ということもあって、自分の周りが熱気に囲まれたような感じになる。

それでも左手にある山の方から吹いてくる風が、流れる汗を乾かしてくれた。

緑豊かな山が海に迫り出し、波の穏やかな青い海が広がり、岸辺に波が優しく打ち寄せる。

海岸には白い階段状の防波堤。

空気が澄んでいて、遠くの景色までくっきり見える。

とても静かで平和な雰囲気。

こんな町で、立て続けに人が死んでいる。しかも「呪い」で。

誰かにそんな話をしても、とても信じられないだろう。

それでも起きている。

他人が信じようが信じまいが、私の周りでは人知を超えた恐ろしい力で人が死んでいるのだ。

それでもこんなに平和に感じてしまう。

沖の消波ブロックに群がる海鳥も、こうして見ればのどかだろうけど、本人たちはいつ上空のトンビに襲われるかという生死の瞬間を生きている。

人も鳥も変わらない。



階段状の堤防の方へ来ると先客がいた。

ホテル前の砂浜に続く階段に桂木先生が座っている。

「先生」

離れているせいか、呼びかけても気が付かない。

私はすぐ側まで近寄った。

潮風に髪をなびかせながら、海を眺めていた桂木先生は、ふいに両手で顔を覆った。

泣いているの……?

肩を震わせる桂木先生に声をかけた。

「先生……」

持っていたハンカチを差し出した。

私に気がついた先生は顔を上げた。その頬は涙で濡れていた。

「メイク。台無しになっちゃう」

「ありがとう……」

先生は恥ずかしそうに笑うと、私のハンカチを受け取って涙を拭った。

「どうかしたの?」

「ちょっとね。自分が嫌になったの」

「どうして?」

先生は海を見ているだけで答えない。

「もしかして友達になにかあった?」

先生は私の方へ顔を向けた。

「ええ」

「そうなんだ……」

「連絡がね…… 取れなくなったの。今朝、家に警察が来てね。綾香のお母さんが亡くなったって。そして綾香が行方不明だって言われてね」

「それは心配だね」

「そうね。でも昨日はまた生徒が亡くなって大変なの。それなのに私は自分の友達を心配して、こんなところにいる。情けないわ」

私は首をふった。

「そんなことないよ。友達を心配するのって大人も子供も一緒じゃない?私は良いと思うけどな」

「あなただってクラスメイトがあんなことになって、本当なら教師である私が支えないといけないのに、これじゃああべこべね」

「同じクラスってだけで別にそんな友達でもないし」

私の中で、桂木先生に対する壁が崩れ始めていた。

「友達。無事だといいね……。まあ、私が言っても気休めにもならないと思うけど」

「ありがとう」

桂木先生は首をふりながら、私に礼を言った。

本心では無事で済むわけがないと思っている。

それは桂木先生もわかっているのかもしれない。

呪いによる被害をこれだけ見ていれば、助からないというのは承知しているだろう。

それでも、気休めにもならないとわかっていても、私は桂木先生の友達が無事でいることを願う言葉を口にした。

この前、ヒアリングのときならこんな気遣いは絶対にしなかっただろう。

だが今は違った。

「先生。あのとき……ヒアリングのときは先生に対して『なんだこの人?』って思ってた」

「どうして?」

「だって、私と同じで友達を呪い殺されたのに、頑なに呪いを認めないし、全然落ち着いてて真一のこと聞いてくるから。そのくせ千沙には触れない。なんか反感持っちゃった」

「そうね。あなたはあのとき一緒にいたんだもんね…… ごめんね。配慮が足らなかったわ…… それなら、なんであの家に行ったの?誘ったの?」

「私は死にたかったから行った…… 私があの家へ行くと言ったら、真一と千沙も行きたいって言ってた。二人とも死にたいって。本当は誘ってなんかいないけど…… 呪いで人が死ぬのを見てみたいと思っていたのは本当。だから二人がついてくるのに任せた」

「あんなこと言わなければ良かったのに」

「だから反感持ったんだって。それに二人の死に私の責任なんてないけど、発端は私だからね。昨日のクラスメイトの事件も、元を辿れば私たちが蛇餓魅の家へ行ったのがきっかけだから」

「あの子たちも家へ行ったの?」

「どうだろう?行ったのかは聞いてないけど、蛇餓魅を呼び出して教室から出て行ってもらうとか言ってたよ。真一が死んだときに、そのまま蛇餓魅が教室に居着いたと思い込んでたみたいだから」

「バカなことを……」

桂木先生がため息をついて頭をふった。

「わかるよ。うんざりだよね。自分から面倒おこすんだから」

私が言えることじゃないけど。

「それより先生はなんでこんなとこにいるの?学校じゃないの?」

「具合悪いって言って早退したの」

「サボり?」

「そうなるね」

ようやく桂木先生は笑みを見せた。

「やるじゃん」

私も自然と笑みがこぼれる。


私も先生も、砂浜に打ち寄せる波と海をしばらく眺めた。

静かに寄せては返す波の音が絶え間なく続く。

太陽に照らされ、キラキラと輝く海面に目を細めた。

「先生。ごめんなさい。ヒアリングのとき、先生の友達が亡くなったときに酷い言い方して」

「いいのよ。もう」

「私。千沙が死ぬ前の日にあの家へ行ったの」

「えっ?どうして?なんで行ったの?」

「ちょっとね。千沙があんまりにも怯えていたからさあ…… 千沙ったら私と同じ高校に行きたいって言ってさあ…… 死にたいとか言ってたくせに」

なんだか笑ってしまった。

「馬鹿だよね。本当は死にたくないのに、あんな家に行くなんてさあ…… まあ、でも普通は呪いで殺されるなんて言われても信じないよね」

そうだ。誰だってそんな話を聞いて信じれるわけがない。

私だって「死にたい」という気持ちがなければ、そんなもの一笑に付しただろう。

「私、千沙が可愛そうになってね…… あの家に行って言ったの。千沙のことはどうか許してやってください。代わりに私を呪ってくださいってね」

「あなたそんなこと言いに行ったの?あの家へ?」

「だってしょうがないじゃん。他に思いつかないんだから」

桂木先生は短く息を吐くと「優しいのね」と、微笑むように言った。

「どうだろう?そんなんじゃないと思う」

なんだか照れ臭い。

「さっきの話だけど」

「さっきって?」

「野村さんと話した高校の話。あなた下田の高校に行きたいの?」

「まあ…… そうだね。地元だと新鮮味無いし。それに先生だって私みたいな生意気なガキの顔を道端で見なくて済むじゃん」

「お父さんもたしか下田でお勤めよね…… リゾート会社で」

「そう。小さい会社だけど社長やっててさあ。忙しいみたいで家に帰ってくるときはいつも遅い」

「お母さんは?」

「お母さんじゃないよ。継母。私が四歳のころに家に来た…… ちゃんとお母さんって呼んでるけどね。まあ、小さい頃から育ててもらってるんだから本当のお母さんと変わらないよ」

「上手くいってないの?」

「ううん。ベターな関係だよ。一応。私にも良くしてくれるしね。良い人だよ。それに弟には本当のお母さんだし。弟は幼稚園でさあ、可愛いんだ」

「あなたを産んだお母さんは?」

「先のお母さん、私を産んだお母さんだけど、私を産んですぐ死んじゃったの。心臓が悪かったの。私を産んだせいで死んだみたいなもん」

「誰?誰かにそんなこと言われたの?」

ふいに桂木先生が怒って、私の両肩を掴んだ。

その真剣な目に気圧された。

「わ、私が勝手にそう思っているだけだよ」

「あなたのせいじゃないわよ。そんなふうに考えるもんじゃないわ。もしかして、それで死にたいと思ってるの?」

「私は写真とかでお母さんの顔を知っているけど、お母さんは私の顔知らないんだよ。だからもし…… 死後の世界っていうのがあるなら、私が探してあげないとずっと独りぼっちかも」

私ったら何を話してるんだろう?

「あなた…… そんなこと考えていたの?」

「なーんてね。今のお話は全部嘘」

「あなたねえ!なに考えてそんな嘘吐くのよ!……でも良かった」

桂木先生は怒ってすぐに安心した顔をする。

私にはその表情の意味がわからなかった。

「えっ」

なにが良かったの?

「それが本当で、あなたが自分のせいでお母さんが亡くなったと思っているなら、あんまり悲しすぎるもの」

私に向けた桂木先生の目は優しい。

そして温かみを感じた。

「ねえ。先生と私、友達になれないかな?」

「あなたと私は教師と生徒じゃない」

「そんなことわかってるよ。学校じゃあちゃんと先生って呼ぶし…… もちろん学校以外でも」

「それじゃあ教師と生徒で変わらないじゃない」

「ああ…… そっか。でも先生、たしか私に借りがあったよね?」

「ああ…… あれね。ここで出してくる?まあいいよ。友達で。そんなに私に友達になってほしいならね。でも私みたいなおばさんじゃあ話し合わないよ」

「それはそうかも」

二人で笑った。

こんな気持ち良い笑いは久しぶりな気がする。

少なくとも、死にたいと思い、高津や真一に千沙が殺されて今日までの間、こんなふうには笑った記憶がない。


「ありがとう。大秦さんのおかげで気持ちが直ったわ」

桂木先生が海風に吹かれる髪を抑えながら言った。

「どういうこと?」

「情けない話だけど、心が折れちゃったの。さっきね。なにをどうしたらいいのかわからなくなって、なにしても意味ないんじゃないかと思っちゃって、涙が止まらなくなった」

「そうなんだ」

「でも、あなたと話したら、やっぱりもうひと頑張りしようって思えたの」

「なにを頑張るの?」

「呪いで死なないように。そのためには無駄かもしれないけど、呪いのきっかけや背景を調べる。だって私の人生はこんな理不尽なもので終わるようなものじゃない。そんなこと納得しない。殺された友里だって、行方不明の綾香だって、きっと…… きっとそう思っているはずよ。あなたの友達の伊藤君や野村さんもね」

「千沙や真一もそう思ってたのかな…… 私はそこまで想像してあげれなかった…… できなかった」

「あなたは野村さんを助けたいと思って、自分の命を犠牲にしようとまでした。十分に立派だし、野村さんだってそれを知ったらきっと嬉しいはずよ」

私は首をふった。

そんなことない。私はそんな大したもんじゃない。

死にたいから身代わりを申し出ただけで、死にたいと思っていなかったら言わなかったと思う。

「私、家に帰るわ。学校を早退した教師がこんなところでぶらぶらしてるなんてバレたら大変だもの」

「そうだね」


私は桂木先生と一緒に立ち上がると、途中まで一緒に帰った。

二人で歩いている間、私は桂木先生に東京の話をいろいろと聞かせてもらった。



夜になり隠し持っていたタバコに火をつけてから窓際に移る。

もう残り三本か。

私のご機嫌を取ろうと躍起だった高津のことを思い出した。

高津はドアを壊して侵入した。

あの夢の男と同じように、美奈子さんの家に侵入した。

私はどうだっただろう?真一は?千沙は?

エアコンからの涼風と外からの熱気の狭間で、ふとあることを思い出した。

あのときの自分と桂木先生の共通点らしきもの。

しかし、これが他の霊にも「呪われない理由」だとするなら拍子抜けもいいとこだと思った。

このことを桂木先生に確認してみよう。

もし自分の思ったとおりなら、今度はそれをやらずに、あの家に行けばいい。

それにしても、もし自分の考えが当たっていたとして、何故そういう理由なのかがさっぱりわからない。


憑き殺されるには数日は猶予があったのは真一と千沙を見ていてわかった。

ならば今試してみようか?

私はそう考えると制服姿のまま、三度あの家へ向かった。

歩いていく道すがら、桂木先生と話したことを思い出す。

「なぜ死にたいのか?」

「悩みがあるのか?」

悩みはあるが死にたいようなものはない。

自分としては今までも何度もあった。

真夜中、ふとした拍子に死にたいと思うこと。

時間が経てばそんな思いは引っ込んでるものだ。

ただ、今回は引っ込まないで自分の中の真ん中に居座っている。

本当にそれだけ、ただそれだけのことにすぎない。

同時に人の死も見てみたいという気持ちもあった。

思いっきり簡単に言ってしまえば、今の自分の中では「死」がマイブームなのだ。

わかる人にはわかるだろうし、わかならい人にいちいちわかってもらう必要はない。



一通りの少ない夜道を歩いて家の前に着いたとき、私は愕然とした。

家は一昨日から取り壊しが始まっていて、ブルーシートが月明かりを鈍く反射しながら風にふかれている。

庭先には小型のショベルカーが運び込まれていて、自分たちが見た祠のようなものも跡形もなく破壊されていた。

家の方はブルーシートの中を見ると、柱の他は取り壊されて見る影もない。

「ハハハハ……これじゃあ試せないじゃん」

頭を振ると解体現場をあとにした。

ただ、自分が気付いた共通点だけは瀬奈に話しておこうと思った。


家に帰って自分の部屋へ行くと、窓が開いていてカーテンが風に吹かれて揺れていた。

「あっ……」

月明かりに照らされた人影を見て固まった。

誰もいないはずの私の部屋に、腰よりも髪の長い、着物姿の女性が背中を向けて佇んでいる。

女性がゆっくりとこちらへ振り向いた。

「こんばんは」

美奈子さんの声は、耳からではなく、染みこむように直接頭の中に入ってきた。

「み、美奈子さん」

私の中に恐怖はなかった。

美奈子さんは、昼間見せたような涼しげな微笑みを見せる。

私はある違和感に気がついた。

美奈子さんの体が透けている。

今まで私が見た美奈子さんは、生きている人間と変わらずはっきりと見えていた。

しかし今は後ろが透けて見える。

これはどういうことだろう?

「昨日…… 私の同級生を殺しましたか?」

ふいに自分の口をついて飛び出した質問がこれだった。

美奈子さんと話してみたいと思っていた。

ただ、なにを話そうとかそういったことは考えていなかった。

本当に思わず出てしまった。

私の質問に美奈子さんは首をふった。

「私はあなたに会いに行ったの。でもあの子たちが蛇餓魅を呼んだから来てしまった」

「も、もしかして、あの赤黒いものが蛇餓魅?」

美奈子さんはうなずいた。

あれが蛇餓魅……。

「千沙は?」

「あれは別の子。私たちは大勢いるから。大勢で一つ」

大勢。どのくらいいるのだろう?

今はどう見ても一人だけど。

「私は…… 無礼な奴しか殺さないの…… 黙って入ってくる、私をさらった奴と同じ奴ら…… でもそろそろ無理になってきた。歯止めが効かない」

美奈子さんは私の方へ歩きながら話した。

「無理って?どういう意味?歯止めが効かないって?」

ゆっくりと歩いて来た美奈子さんの体が私の体をすり抜ける。

まるで空気が自分の細胞の隙間を抜けていくような感覚に一瞬、戸惑った。

「蛇餓魅と一緒になるということは、行く末は自分が完全に消えて一緒になるということ。その前にあなたに会いたかった。だからこうして純粋な、蛇餓魅に侵されていない自分の残された一部を飛ばしてきたの。見つからないように」

「ど、どういうこと?」

一部を飛ばしてきた?だから薄く見えるってこと?

「このまま私は、蛇餓魅…… あの醜い化け物の一部として、地下に住み、あれが欲するままに人を殺していくだけになる。未来永劫…… でも私は空が見たい、海が見たい、風に吹かれたい…… 」

「今は…… 今は見えないの?」

美奈子さんは首を振った。

「生きていたときとは見え方がだいぶ違うの」

「どんなふうに?」

「口では説明できない」

窓枠に手を掛けながら、その目は外を見ている。

そしてゆっくりと私へ向き直った。

「あなたとお話がしたかったの。座って」

美奈子さんは笑みを見せると、魅惑的な声で椅子に座るよう促した。





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