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4-5

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 悠真に癒された図書室から、バスケ部が活動している体育館に移動する。そのまま体育館に向かいたいのに、胸がザワザワして部活をやれる気がしなかった。


 重ダルい体を引きずりながら、誰もいないであろう部室に引き篭もる。震える手で扉を閉めて、しっかり鍵をかけた。窓から差し込む光が部室の錆びたロッカーに反射し、薄暗い部室を少しだけ明るくする。


 不安定なメンタルのせいで、いつフェロモンが出てもおかしくない。しかもそのフェロモンは、自分でもわかるくらいに毛色が違った。


「マジかよ……」


 ショックだった。これまで自分の感情が昂るとフェロモンを出してしまうだけで、それ以上なにも起こらなかったのに――。


 悠真とふたりきりの図書室。告白することのできる絶好のチャンスに、胸がドキドキした。それと同時に俺よりも小さくてかわいい悠真を、誰にも見せたくないと強く思った瞬間、迷うことなく細身の体に抱きついてしまった。


 しかも首筋を噛みたい衝動に駆られ、体がぶわっと熱くなり、それを抑えるのに必死になったら、いつもとは違うフェロモンが漏れ出た。


 この状況を表現するなら、アルファのラット。つまり、アルファが発情したことになる。悠真がオメガだったなら、俺のフェロモンに当てられて強制的に発情し、つがいの契りをかわして、図書室でヤってしまっただろう。


 だが悠真はベタで、フェロモンの影響を受けない体質だったのと、俺とは友達関係という間柄を口にされたおかげで、我に返ることができた。


「気持ちとしては悲しいことなのに、状態異常だったあのときには、かなり有効だった」


 頭の中で悠真が告げた言葉を何度も反芻し、エロい気持ちを塗り替えたことで、なんとか彼を手放せた。


 ここで気合を入れ直し、悠真に手を出さないように空元気ではしゃいで見せたら、俺の大好きな柔らかい笑顔を浮かべて、「陽太に憧れてる」と言ってくれた。その衝撃は相当なもので、心臓がなにかに鷲掴みされる感覚だった。


 俺の隣で瞳を細めて笑う悠真を見てるだけで、愛おしさが最高潮に膨らみ、せき止めていたフェロモンがじわりとその場に漂ったのがわかった。この間のように図書室に人がなだれ込むと思って慌てた俺に、フェロモンの訓練をするように命令した唇が、図書室のカギをかけたことを告げた。


 悠真が誰にも邪魔されないように、俺とのふたりきりの空間を作ってくれたのがすげぇ嬉しくてたまらなくなり、涙が出そうになったのが恥ずかしくて、背もたれに使ったクッションで顔を隠すしかなかった。


 俺としては文庫本の感想を考えていたのに、悠真が俺の体をいたわりながら、フェロモンの訓練を続けようねって提案したことで、ふたりきりの逢瀬の約束ができた。


 埃っぽい床に座り込み、部室の扉に背中を預けながら悠真の笑顔を思い出す。


 告げられた「憧れ」という言葉が、未だに俺の胸を熱くした。


「あのとき俺が悠真に告白していたら、どうなっていたのかな……」


 告白できなかった悔しさと訓練の約束が、俺の心を複雑な心境に陥らせたのだった。




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