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4-8

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 あのあと長谷川先生は、きちんとスクールバックを届けてくれた。玄関に夕暮れのオレンジの光が差し、母さんの革靴と俺の運動靴が揃う玄関先にて、先生は突発的に起こった事情を説明した。話を聞き終えた母さんは、切なげなまなざしで隣にいる俺に視線を注ぐ。俺はその視線をやり過ごすように、黙ったまま俯いた。


「それではご家族で、息子さんの今後について相談にのってください。なにかあれば担任を含めて協力いたしますので、学校にご一報いただければ幸いです」


 普段見ることのない、教師らしい態度で話をした長谷川先生の二枚舌に驚きつつ、母さんと一緒に先生の車を見送った。どんどん遠ざかっていくセダンを、肩を落としながら眺めていると。


「陽太、ラットについては私よりも、お父さんのほうが話やすいでしょう? 男同士だし」

「まぁそうだけど。ちなみに母さんは、どうやってやり過ごした?」


 派手なエンジンの唸りが夕闇に溶け、テールランプが遠ざかる。まるで俺にバイバイを言う感じで、わざと派手なエンジンを鳴らして去って行った、セダンのテールランプを見つめて問いかけた。


 本当は母さんと顔を突き合わせて話をすべきなのに、恥ずかしさが手伝って、どうにも目を合わせにくい。


「オメガのヒートみたいに、抑制剤がないわけじゃないけど、高額だし副作用もあるから、薬には手を出せなかったな。だからひたすら、耐え忍ぶしかなかったわ。とりあえず家に入りましょう」


 いつもはハキハキ喋るのに、母さんの静かな声に違和感を覚えて視線を移すと、気落ちした寂しげな横顔が俺の言葉を奪う。


 フェロモンの調整やラットなど、地味に苦労することの多さに、アルファで生まれた人間は頭を悩ませている。アルファという優秀な種族ゆえに、持って生まれたフェロモンの調整なんて朝飯前だと思われそうだが、実際はそうじゃない。


(しかも両親はそろってアルファだから、俺は余計にその血が色濃いんだよな……)


「母さん、俺大丈夫だから!」


 母さんは俺の親として、いろんな責任を感じて、らしくない表情になっているのかもしれないと思ったら、大丈夫という言葉が口を突いて出た。


「陽太?」


 先に玄関に入り、靴を脱いで自宅にあがった母さんは振り返り、扉の前で立っている俺の顔をじっと見つめる。


「俺は、父さんと母さんの子どもだからさ。失敗することはあっても、絶対に間違いを犯したりしない。アルファのプライドにかけて誓う!」


 はっきりと断言してみせたら、母さんの顔が一瞬だけ歪んだけれど、俺に向かって笑いかける。目尻に涙が溜まっているのを、指摘しないであげた。


「陽太のその自信、父さんにも見せてあげてちょうだいね」


 そう言って、そそくさとリビングに消えた母さん。そのあとを追う形で俺も自宅に戻り、母さんとふたりで父さんの帰りを待つ。リビングのソファのくぼみが、父さんの帰りを待つ静けさを漂わせたのだった。




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