剣がぶつかり合う音が鍛錬場に響く。
王国騎士団の精鋭、メンシスの騎士たちは最後の練習日を迎えていた。
「ずいぶんと技の応用が効くようになりましたが、どこでそのような闘い方を?」
セオドアの剣がアリシアに迫る。身軽な動きでそれをかわし、鋭い突きをカウンターでくらわそうとすれば、すんでのところで避けられる。
「あ、えーと……自分なりに考えてみた結果、というか」
「……そうですか」
最終戦の予行練習として、アリシアはセオドアと模擬戦を繰り返していた。
キリヤの指導のおかげか、彼とも互角に迫るほどに戦えるようになってきている。初めは赤子の手をひねるように負けていたことを考えると、この短期間で大きく成長できたのは間違いない。
アリシアは一瞬の隙をつき、剣の切先で巻き込むようにしてセオドアの剣を跳ね飛ばす。副団長である彼の剣が飛んでいくのを見た騎士たちからは、歓声が上がった。
「さすがは王子」
「最終戦の試合も楽しみにしています!」
そう憧れの目で見つめられるとむず痒い。互いに礼をして模擬戦を終えれば、黒い鎧を着たセオドアが近づいてくる。
彼は少し屈むと、周りに聞こえないような声でアリシアに話しかけた。
「少々王子の剣としては荒っぽいですが。このレベルなら最終戦での『演技』も観客の目に耐えうるものになるでしょう」
「そうか! それならよかった。セオドア、ありがとう。君の指導のおかげだ」
にっこりと笑いかければ、セオドアは眉間に皺を寄せ微妙な顔をした。以前部屋にトーナメントの件を知らせに来た時もそうだったが、何かを疑われているような気がする。こちらの事情は彼に共有されているはずなので、疑われるようなことは何もないはずなのだが。
「でもセオドア、もしも、万が一君が負けたりしたら」
「王子はずいぶんと私を侮っておいでだ。ロベリアの騎士など問題になりません。事前に出場者についてはレベルも把握しています。全員蹴散らしてお見せましょう」
セオドアは胸に手を当て、口元だけでにこりと笑う。いつも仏頂面なので、こういう顔を見たのは初めてだ。自分のこれまでの努力が彼にも認められ、信頼関係が築けたのかもしれないと思えば、心に温かいものが広がっていく。
「ただひとつ心配事、というか、確認をしておきたいことが」
彼はそう言うとアリシアの腕を掴み、鍛錬場の人気のない方へと誘導していく。他の騎士が豆粒のようになったところで、セオドアは片手でアリシアの顎をくいと持ち上げ、顔をまじまじと見つめた。
——え。何?
セオドアがなぜこんなことをするのか理解ができず、アリシアは固まる。
「まさかとは思いますが、あなた、もしかして……」
「ねえ、黒い鎧のあなた、離れてくださる?」
ハスキーな女性の声が聞こえてアリシアは驚く。いつの間にか観覧席で見学していたキリヤが、鍛錬場に降りてきていたのだ。薄緑色のフリルのついたドレスが恐ろしいほど似合っている。散りばめられた七色に輝く鱗のような装飾が、太陽の光を浴びて輝いていた。
「バーベナ姫様。突然こんな場所へ降りて来られては困ります。怪我をされてしまいますよ」
セオドアにそう警告されるが、表情は険しく、腕を組み彼を睨んでいる。
「私の婚約者から手を離してくださいます?」
そう言うなりキリヤは、アリシアをセオドアから引き剥がし、自分の腕の中に抱え込んだ。
「ちょ、ちょっとバーベナ姫……」
アリシアの抗議の声などまったく聞かず、キリヤは相変わらずセオドアを睨みつけている。おもちゃを取られかけた子どものようだ。
「アラン様は手に怪我を負っておいでです。私が手当をしますので、あなたは稽古に戻っていてくださいませ」
セオドアはしばし押し黙っていたが、胸に手を置くと、「仰せのままに」と言ってこの場を離れていった。
呆然とセオドアの背中を見守っていたアリシアだったが。慌ててキリヤから離れ、彼の方を向く。
「なに? 突然どうしたの? 私怪我なんかしてないよ?」
不機嫌を前面に押し出したような顔で、キリヤはアリシアに鋭い眼差しを向けた。
「あいつはあんたが女ってこと知ってんの?」
「知ってる……と思うけど。私の事情については、共有されてるって聞いてるし」
「知っててのあの態度なんだ」
そう言ってキリヤは、両手でパチンとアリシアの頬を挟む。
「いひゃ!」
「あんたさあ、隙ありすぎ。もうちょっと気をつけなよ! あんたは俺の婚約者なんだからな! 他の男に触らせんな!」
「えええ?」
キリヤは、とても自由奔放な人だと、アリシアは思っている。たとえ仲良し大作戦のために触れ合う機会は多いとしても、そんなのはキリヤにとって女性となら誰とでもできること。だからアリシアは単なる協力者で、特別な感情など一切ないと思っていた。だが。
——他の男に触らせるなって……ヤキモチ?
そう思ったら、ブワッと頬に熱が宿った。どうしよう、嬉しい。顔がにやけそうになる。気持ち悪い顔をしている自覚があったので下を向けば、「聞いてんのかよ!」とキリヤに怒られた。
——身代わり王子が、女……?
バーベナにその場を追い出されるように出てきたセオドアだったが。二人の様子が気になり、隠れて会話を盗み聞いていた。
自分が意図的に知らされていなかった事実に困惑し、彼はしばらく、その場を動けないでいた。