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第15話 真夜中の逢瀬

「つまりあれか。今回の計画には、ロベリアの戦争支持派だけじゃなく、グラジオの人間も関わってるってのか。厄介だなぁ」


「やっぱそういうことだと思う。聞いた限りでは」


「ちなみにそのベルモント伯爵ってのはどういう人物?」


 どこからかかってきても殴り飛ばせるように、最大限警戒してバスルームから出ていったのに、キリヤはいつもの調子に戻っていた。「で、こんな夜中にわざわざやってくる用件は何なわけ?」と迷惑そうな顔をされ、今は彼のベッドに横並びに座り、簡単に見てきたことの説明をさせられている。


「表面上、戦争に関しては中立派みたい。あと、ええと、たしか」


 アリシアはポケットからメモを取り出す。パラパラとめくって中身を確認し、顔を上げた。


「ベルモント伯爵の土地は、鉄鉱石の一大産地だね。あと、伯爵の土地で、ミーラー何とかっていう珍しい鉱物が大量に見つかったっていう噂が出てて。本人は否定しているらしいんだけど」


 頭に重みを感じてアリシアは顔を上げた。キリヤの手がアリシアの頭を撫でていたのに気づき、眉間に皺を寄せる。


「私は犬ではないんだけど」


「犬とは思ってねえよ。えらいじゃん。ちゃんとお勉強しているわけだ」


「いや、だって、結婚式までは、交流行事も多いし、ちゃんとこういうのも覚えておかないと、会話についていけないから……ってやっぱり犬だと思ってるでしょ!」


 ぽんぽんと軽く撫でていたのが、話しているうちに両手で無造作に髪をかき回されていた。これは絶対に犬の撫で方である。


「ぶ。やっぱあんた面白い。でも偉いと思ってんのはほんとだよ」


 そう言うとキリヤは記憶を辿るように話し始める。


「アリシアの言う新しい鉱物ってのは、おそらく『ミーラークルム』だな。鉄鉱石と混ぜると、非常に硬度の高い金属製品が作れる。ただ、希少性が高くて少量しか市場には流通していないんだよ。だから価格も高くて一般には出回らない。買い手も限られる」


「硬度の高い金属製品……まさか」


 少し首を傾かせ、キリヤは顎に手を当てる。


「軍隊にとっては、喉から手が出るほど欲しいものだろうな。相手の鎧を貫き、剣を折るレベルの硬度の武器防具を手に入れられれば、軍事力の大幅増強につながる。きっと、ロベリアの戦争支持派の誰かが噂を聞いて、ベルモント伯爵に商談を持ちかけたんだ。そして……」


「大きな戦争を起こすことで、ベルモント伯爵はミーラークルムを売って大金を手にし、ロベリアの誰かはミーラークルムを使った武器・防具で儲けようとしてる、ってこと?」


「お、察しがいいじゃん。そゆこと。ミーラークルムは戦時でこそその真価を発揮し、大量に高く売れる鉱物だ。今は仮定でしかないけど、闇雲に犯人探しをするよりずっとやりやすくなった。感謝するぜ、『アラン王子』」


「バーベナにアラン王子って呼ばれると、変な気分だよ」


「あんたはあんまり俺の名前呼んでくれないくせに」


「だって普段からバーベナって呼んでないと、大事な時にボロ出しそうなんだもん」


 彼は「あんたならやりそう」と揶揄うように言いつつ、目を細めてこちらを見る。


「ねえ、じゃあ今だけキリヤって呼んでみてよ、アリシア」


「えええ!」


 懇願するような目で見つめられ、照れ臭さを感じながらも彼を見つめ返しながら呼んでみる。


「……キリヤ」


 彼は嬉しそうに微笑むと、アリシアの腰を抱く。大きな手が頬に添えられ、アメジストを思わせる瞳に覗き込まれる。


「今日はここで寝てきなよ」


「ふ、ふざけないで!」


「でもあんたの服、ガーネットに洗濯に持ってってもらっちゃったんだよね。おっさん臭かったし」


「なっ……!」


 気づけばキリヤは、先ほどの獰猛な獣を宿した雰囲気に戻っている。バラ園でのティータイムの時のように、左手に指を絡められ、背中に手を当てられた状態でベッドに押し倒された。


「俺とお揃いのその薄手の夜着で、外歩くつもり?」


 アリシアの上にまたがり、獲物をどう調理してやろうかと舌なめずりする猛獣のような表情をしたキリヤを前に頭は沸騰し、どうしたら良いかわからないでいた。


 でも、嫌じゃない。これがノアだったら、急所を蹴り上げてやるところだが。

 キリヤに迫られるのは恥ずかしいけど嬉しくて。

 淫らな感情だと思いながらも、もっと触って欲しくなってしまう自分がいる。


 ——これは、どうしてなんだろう


 でも、アリシアはキリヤのことをまだまだ知らない。

 この仮初の戯れに、喜びを感じながらもどこかモヤモヤもある。


 白い肌を紅潮させ、匂うような色気を纏って迫ってくる彼の息遣いを感じながら、やっとのことでアリシアは言葉を紡ぎ出す。


「ねえ、キリヤ。キリヤはこういうこと慣れてるかもしれないけど……。私は初めてなんだ。仲良しの演技のためのことだったとしても。こういうのは、嫌だよ」


 キリヤはアリシアの言葉を聞いて、動きを止める。もう少しで唇が重なりそうなところで。彼は横を向いたかと思うと、大きな息を吐いてアリシアの真横に寝転んだ。


「……ごめん、俺調子に乗りすぎた」


 珍しく謝っている。遊び人みたいな印象もあるし、止めてくれないかもしれないと思っていたのに。想定外にしおらしくされると気まずい。逡巡ののち、アリシアは話題を変えることにした。


「キリヤはさ、すごく熱心に働いているけど。この仕事が終わったらどうするつもりなの。私に対価が何かって聞いてたことあったけど。」


 ここに至るきっかけは教えてくれたが、対価やその後のことについては聞いていなかったことを思い出し、尋ねてみる。

 またはぐらかされてしまうだろうか。

 彼の目は天蓋をむいていて、こちらにはむいていない。しばしの沈黙の後、彼は口を開いた。


「大金をもらえる予定なんだ。一生遊んで暮らしていけるほどの。もう惨めな生活はしなくて済むし、やりたいことはなんだってできる」


「そうなんだ! 今まで苦労してきたもんね。それは頑張らないとだ」


「……結局金か、とか思わねえの?」


 こちらの様子を伺うようにそう言う彼を不思議に思いつつ、アリシアは答える。


「え。だってお金は大事だし。それにこれだけ頑張ってるんだもの。それくらいもらって当たり前でしょ」


「両国の和平のために体張ってるあんたには、軽蔑されるもんだと思ってた」


「そんなことないよ? 私だって孤児で貧しい暮らしをしてたんだもの。一生遊んで暮らせるお金は、魅力的だと思う」


 キリヤはこちらを向くと、いつものように明るく、ニヤリと笑う。

 彼は目を瞑ると、物語を聞かせるように言葉を紡ぐ。


「金をもらって自由になったら、いろいろな国を旅してみてえな。それぞれの土地の文化を学び、息づく生活や音楽を知りたい。演劇をたくさん見るのもいい」


 話し切れば、ふうと一つ息をついて、キリヤは瞼を開く。

 彼としては珍しく、躊躇いながら、続きを話す。


「……お前も一緒に行けたらいいのにな」


 アリシアからの返事がないことに不安を覚えたバーベナは、話を聞いているはずの彼女の方を向く。


「って寝てんのかよ……」


 長時間の会議に疲れ切っていたアリシアは、キリヤの話を聞きながら真綿のようなフカフカのベッドに沈んでいるうち、眠りの底に落ちていた。



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