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第22話 不思議な三角関係

「は、はぁ? お前何言い出しちゃってんだよ!」


 驚きのあまりか、男声丸出しになったキリヤのドレスの裾を、アリシアは慌てて掴む。


「仮にも、身代わりといえど、私の婚約者に向かってそんなことを言うなんて。不敬にも程があります!」


 アリシアの合図に気がつき、女声に切り替えてそう言うキリヤだったが。明らかに動揺している。


「不敬は承知の上。しかし身代わりと知ってもロベリア王に報告をしなかったのであれば、あなたにとって王子は誰でもいいということでしょう。それならアリシアが別の身代わりに変わっても問題ありませんよね」


 キリヤは眉間に皺を寄せ、グッと唇を噛む。


「それにその下品な言葉遣い。ロベリアの姫の品格が疑われますよ」


 姫も身代わりの男なのだとはバレていないらしい。日頃のキリヤの演技の賜物か、多少声を荒げたくらいでは疑いは持たれなかったようだ。


「それでもアリシアは、私の大事な人です」


 そう言い返したキリヤに、セオドアは絶対零度の笑顔を向ける。


「もしや姫は女性をお好みですか? しかし相手もそうとは限りません。アリシア、あなたはどうなのです?」


 突然水を向けられ、どう答えたらいいかわからず。もごもごと口ごもればセオドアに答えを急かされる。


「え、えと。一個人として言えば、異性が好き、だけど……。あ、でも、姫のことは同志として、大事に思ってる!」


「同志として、ですよね。お友達が必要ということであれば、アリシアが当家に嫁いだ後、侍女として遣わせましょう。これで問題は解決ですね?」


「とりあえず、セオドアはアリシアから手を離してくださる?」


 アリシアの横になるベッドを挟み、二人の男は火花を散らしている。困ったことになったと思いながら、アリシアは場を納めようと、ない頭をフル回転させた。


「セオドア!」


「はい、なんでしょう」


「とにかく今は、上位騎士に薬を盛った犯人を見つけなきゃでしょう? セオドアは、犯人の捜索に全力を尽くして! 私の方は大丈夫だから! それに疲れたし、そろそろ眠りたいし!」


「そうですね。ではまた、追って様子を伺いに参ります」


 ようやく彼の大きな手から解放され、ホッと息をつく。


「さっさと行きやがれ」


 そう小声で悪態をつくキリヤを目で諌めつつ。アリシアはセオドアが部屋を出ていくのを見届ける。

 キリヤは椅子に座り直すと、腕を組み、足を広げて男モードに切り替わった。


「アリシアはさ」


「なに?」


「俺のことどー思ってんの」


「だから同志……」


「違くて」


「ええ?」


 紫色の目がこちらを向く。不機嫌そうな顔をしていると思いきや、寄る辺のない子どものような表情をしていてどきりとする。


「異性として……男としてどう思ってんのかって聞いてんの」


「! それは……」


 なんと答えればいいのだろう。言葉が見つからない。彼のことは好ましく思っている。一緒にいる時間は楽しいし、彼に触れられると心臓の音が早くなる。できればずっと一緒にいられればいいとも思っていて。


 ——でも、これを恋って呼んでいいんだろうか。キリヤのことを、異性として好きって言えるんだろうか。


 アリシアは恋をしたこともないし、誰かに愛されたこともない。セオドアの愛の告白のような言葉も、驚きはしたが戸惑いの気持ちが強いし、実感がない。


 キリヤへの気持ちとセオドアに対する信頼感は明確に違う。

 でもだからと言って、「異性としてキリヤをどう思っているか」という彼の質問に返せる言葉を持ち合わせていない。


 言葉は紡げぬまま、沈黙の時間が伸びていく。するとキリヤは顔を俯かせたまま席を立つ。


「よく考えればさ。あんただってこんな女装男より、セオドアみたいな筋骨隆々の騎士がお相手の方がいいよね。お姫様みたく扱ってくれそうだし?」


「ちょ、ちょっと待ってよ。なんで突然不機嫌になってるの」


「いいよ、気を遣ってくれなくて。よかったじゃん。あんたが自由になれる方法も一緒に探してくれるみたいだし? 守ってくれるって言うし」


 キリヤがどうしてこんなに苛立っているのかわからない。自分たちは目的が合致したから、協力し合っている仲間のはず。愛だ恋だという話が発端で、なぜ彼はこんなにも喧嘩腰になるのか。


「どうしてそんな言い方するの?」


「別に? これまで色々と協力ありがと。今回の件で浮き上がった怪しい奴らのことは、俺の方でも調査を進めておくから。あんたはとりあえず寝てなよ。報告だけはするから」


 そこまで捲し立てるように言えば、キリヤは早足で扉の方に向かう。


「ちょっと待ってって」


「仲良しごっこはもう十分やっただろ? あとは結婚式を終えて、本物のバーベナ姫が来るのを待つだけだ。あんたと俺の協力関係はもう終わり。お疲れ様!」


 キリヤを追おうとして立ちあがろうとするも、縫われた傷がシクシク痛む。命に別状はなくとも、動けば支障がある程度ではあるらしい。


「もう、なんでこんなことに……」


 アリシアは両手で髪をぐしゃぐしゃとこねる。

 あれこれと悩んでいるうち、疲れが先にたったのか、アリシアは眠りに落ちていた。


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