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第32話 メアリ・ベルモント

「どうしよう、どうしてお父様がこんな薬を……」


「お父様?」


 カレンの症状を確認していたキリヤは、メアリの言葉に振り返る。


「ベルモント伯爵から私に薬を盛るように言われたの?」


「違う、お父様は関係ないわ!」


「ではどうして、お父様という言葉が出てくるのかしら」


キリヤが詰め寄れば、メアリはたじろぐ。


「はっきりおっしゃって。でないとカレン様が死んでしまうかもしれないわよ!」


 少々大袈裟に脅してみれば、メアリの視線が床に伏せったカレンに移る。真っ青な唇をした友人を見て、彼女は覚悟を決めたらしい。


「お父様が、出入りの商人から薬を受け取っているところを見たの。『強い薬だから取り扱いに気をつけるように』って彼は言ってて。……お父様は、たくさんの妾を囲っていて。……その商人から、よく媚薬を買っていたから……」


「それでてっきり、その薬を『強い媚薬』だと思って持ち出したのね。私に飲ませて男でもあてがおうとした? スカーレット様の差金かしら」


 メアリの動揺した表情を見るに図星らしい。キリヤの予想はだいたい当たっていたようだ。


 ——即効性のある食中毒に似た症状を見ると、おそらくメンシスの上位騎士に使われたものと同じ可能性が高いな。ロベリアの間諜に頼んで分析してもらわねえと。しっかしこえ〜。中身の認識も曖昧なまま他人に使うなよ。


 ため息をつきつつ、キリヤはドレスの下に隠し持っていた袋を取り出す。袋の中に入れていたガラス瓶を手に取ると、カレンの口の中へと押し込んだ。


「ちょっと、何をしているの?!」


 慌てるメアリにキリヤは険のある目つき向ける。


「あなた方みたいなお馬鹿さんが多いのでね。常に解毒薬を持ち歩いているのよ。あと、あなたベラって言ったかしら。カレン様のコルセットを緩めてあげて。苦しいはずだから」


「は、はい!」


 両手で口を押さえ、諤々と震えていたベラは、キリヤの呼びかけに反応し、慌ててカレンに駆け寄る。


 二人がカレンの看病に集中している間に、キリヤは薬の盛られたワインの中身を空のガラス瓶に入れ、ドレスの下に忍ばせた。


 ——とりあえずメンシスに使われた薬に関してはこれで尻尾が掴めそうだな。アホな令嬢の嫌がらせにも付き合ってみるもんだ。


 本当ならロベリアの誰と繋がっているかも探りを入れたいところだが。今これ以上探りを入れるのは難しいだろう。アリシアの方で何か収穫があることを期待しつつ、さっさと退散しようとドアの前まで進んだのだが——手をかけようとしたその時、外側から乱暴に扉が開け放たれた。


「銀色の髪、紫の瞳。あんたがバーベナ姫だな?」


入ってきたのは、三人の若い男たち。仮面をつけているところを見ると、仮面舞踏会の参加者のようだが、貴族というにはガラが悪い。


「そうですけど?」


色欲を隠そうともしない獣のような表情を向けられ、キリヤはゲンナリしながら答えた。


「なんだ、薬は効いてねえみたいだな。まあ力づくで言うことを聞かすのも悪かねえ……そこのご令嬢方とメイドもここに残ってるってことは、お遊びに参加したいってことでいいのかな?」


 下卑た笑みを浮かべ、四人の女の品定めを始めた男どもを前に、キリヤは両手を腰に当てた。


 ——はぁ。「浮気相手役」のお出ましってわけ。


「わ、私がウィスラー男爵に頼んだのは、バーベナ姫を痛めつけて欲しいというだけよ! 私たちにまで手を出していいと許可した覚えはないわ」


 ふらふらと床から半身を起こしながら、カレンが抗議する。薬が効いてきたのか、先ほどよりは顔色がいくらかマシになってきている。


「ほう。俺たちは指定の部屋にいる女を犯せとしか聞いてないけどな。なあ、そうだろ?」


 赤茶色の髪をした男が、後ろを振り返り、わざとらしく仲間に同意を求める。


「そうだなぁ。楽しく遊んでくださいってのが、依頼内容だったもんな」


「他の女に手を出すなとは聞いてないねぇ」


 満足げに男はこちらに向き直ると、乱暴にキリヤの首を片手で掴んだ。


「俺は姫様のお相手をさせてもらうぜ。お前らにはそこの青と緑の女をくれてやる」


 キリヤは三人の男を観察し、腕っぷしの強さを測りつつ。心の中でため息をつく。


 ——一人で逃げるのは簡単なんだけど。いくら性悪女と言え、女が泣くとこは見たくないしなぁ。面倒くせえが仕方ねえ。


「いやあああ!」


 精一杯可愛らしくキリヤは叫ぶと、首を掴んでいる男の両こめかみにゲンコツを入れる。痛みに怯んだ瞬間を狙い、急所を思い切り蹴り上げた。


「ひぐっ」


 体を丸め、声も出せずにうずくまる男を見て、キリヤ自身も若干股間に寒気を感じたが、気のせいだったことにする。


「テメェ! やりやがったな」


「あら、嫌だわ、気が動転してしまって。私なんてことを」


 自分の体を抱きしめるようなポーズをとり、心底怖いという表情を見せつつ、襲いかかってくるもう一人の男を待つ。太い両腕が掴み掛かろうとしてきたところで体勢を低くしてそれをかわし、立ち上がり際男の顎の下に思い切り頭突きをくらわせた。


 男はそのまま後ろにひっくり返り、後頭部を打って動かなくなった。


「なんだ?! ロベリアの姫ってのは護身術でも叩き込まれてんのか?」


「実戦で使ったことはないのですけれど……淑女のたしなみ程度には……」


 はじらいつつそう言うキリヤを、得体の知れないものを見るような目で男は見る。

 さあ、あとはひとり。どう調理してやろうかと、考えていたのだが。


 瞬間、後頭部に衝撃を感じる。ガクン、と膝が折れ、顔面から床に倒れる。


——油断した。手応えはあったのに。


キリヤを後ろから襲ったのは、先ほどのしたと思った熊のような体躯の男。先ほどひっくり返ったのは演技だったと気づいてももう遅い。


髪の毛を掴まれ、顔を上げさせられる。頭がくらくらして、記憶が朦朧としてきた。


「予備を持っといてよかったぜ。ほら、たっぷり飲めよ」


 口元に瓶を差し込まれ、無理やり嚥下させられる。喉が焼けるように熱い。胃の方へと落ちていったそれは、全身をすぐさま駆け巡る。


「う……」


血液という血液が、沸騰している気がする。顔がほてり、あらゆる感覚が鋭く研ぎ澄まされていく。


——これ、もしかして本物の媚薬かよ。


「手こずらせやがって。さあ、観念しろ」


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