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第39話 パレード

 血塗られた衣装を脱ぎ捨てて、晴れの日を彩るにふさわしい紺碧の衣装を着た花婿と花嫁は、無事に結婚式を終え、王宮前広場に集まった民衆の元へと姿を現した。


 長く戦に苦しめられた民たちは、馬車の上から仲睦まじい様子で民に手を振るアラン・バーベナ夫妻の姿を見て、さまざまな表情を見せている。訪れた平和に喜び家族と抱き合う者。ただただ呆然と夫妻の姿に見惚れる者。納得のいかない顔で睨みつける者。


 グラジオ・ロベリアの友好関係は築き上げられたばかり。

 ここにいる誰もが笑顔でいられるように、「王族」としてアリシアは、これからも励み続けねばならない。


「あんたとの仕事もこれで最後だな」


 隣にいるキリヤがアリシアに囁く。彼の右手は顔の横で振られているが、左手はアリシアの右手に絡められている。


「……また、そのうち会いにきてよ。バーベナなら……キリヤなら忍び込めるでしょ?」


「お? なになに、寂しいわけー?」


「やっぱり来なくていい」


 彼の左手から逃げ出そうとすれば、ギュッと強く握られた。


「拗ねんなよ」


 女神のような顔で微笑みを振り撒きながら、アリシアを軽薄な口調でおちょくるとは器用にも程がある。しかも左手の親指は、好きな女を愛でるようにアリシアの手の甲を撫でていた。


「その触り方やめて」


「おいおい王子様、顔が真っ赤だぞ」


「あとで覚えててよね」


「おーこわ」


 こっそりそう囁き合う言葉は、周りの人間には聞こえない。

 こんな時間がずっと続けばいいのにと、アリシアは思っていた。



   ◇◇◇


 祝宴が開かれる大広間に向かう列の中。セオドアは目的の人物の前に立ち塞がる。


「ベルモント伯爵。ご同行願えますか」


「お前、メンシスの副団長だな? 私に何の用だ。あのような凶行を前にしながら指一本も動かせないとは。グラジオ騎士団の精鋭部隊が聞いてあきれる。そこを退け!」


「私どもが動かなかったのは、真の敵がどこにあるかを知っていたからです」


 メンシスの騎士二人がベルモント伯爵の両腕を掴む。振り払おうとする伯爵だったが、屈強な騎士が相手では歯が立たたない。


「貴殿はあろうことか不届きものをグラジオに招き入れ、ロベリアの鎧を着せ、王子を射抜かせようとした」


「根拠もなく何をそんな……!」


「根拠はございます」


 ベルモント伯の背後、そろそろと移動しようとする人影を鷹のような瞳が捕らえる。


「エルトラン侯爵。あなたがいくべき祝宴の会場はそちらの方角ではございませんよ」


 ハッとして振り返った直後、エルトラン侯は衛兵たちに取り囲まれた。


「客人に対してこのような態度。どういうおつもりか!」


「弓兵の鎧はあなたの領で作られたものですね。あ、言い訳は結構。調べはついております。さらにあなた方は、トーナメントにてメンシスの上位騎士に毒を盛り、アラン王子殿下の対戦相手に薬を盛って王子を命の危機に陥れた。加えて今回の騒動」


 セオドアは腰に下げた剣を抜き、近くに拘束されているベルモント伯の喉元に突きつける。


「ヒッ」


「独房の中でどうしてこのようなことを引き起こそうとしたのか、洗いざらいしゃべっていただきますよ」


 猛禽類に嘴を向けられたネズミのように、縮み上がった伯爵は、エルトラン侯とともに縄で縛り上げられた。

 喚き散らし、なんとか逃れようとする二人を部下たち任せ、剣を腰に収めたセオドアがため息をつく。


「副団長、衛兵の格好で警備に紛れていた者たちを無事、地下牢に収容したとの報告を受けました! 一件落着っす!」


 左胸に手を当て、そう報告したのは本来セオドアと共に行動することのないメンシスの下っぱ、ノア。


「報告ご苦労」


「なんだか突然解決に向かいましたね。ベルモント伯の件。しかもロベリアを巻き込んだ大事だったなんて。どうやってわかったんすか?」


 アリシアの幼馴染であり、彼女の正体を知る人間の一人ということで、今日はこの男がセオドアのペアとなった。イライラをぶつけるようにノアの頭をゲンコツで殴ると、セオドアはズカズカと持ち場へと歩き出す。


「いってええ! 何すんすか、副団長」


 後ろから不満げについてくるノアの方を振り返らずにセオドアは答える。


「ロベリア側に強力な協力者ができてな。生意気で、いけすかないやつだが」


「なんでそんな不機嫌なんすか。って、いって! また殴った! 俺の頭蓋骨凹んじまいますよ」


「いっそ凹め!」


「ひどい!」


 間抜けヅラのこの男の顔を見ると余計に苛立ちが募った。

 こんな男がアリシアの幼少期を知っているというのが我慢ならない。


 ——しかしまさか。バーベナ姫まで偽物だったとは。


 想定外の事態だったが、彼の協力があったことで、結婚式を万全の体制で迎えることができたのだ。


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