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第168話 取り戻していく

 電車に乗って、ゆったりと三人の時間を過ごした。

 電車の中は混雑しているほどではなかったけれど、俺達が乗った車両はカップルが大半を占めていた。カップル専用車両にでも乗ってしまったのかと疑いたくなるほどに、イチャイチャとした甘い空気が充満している。

 前世の俺がこんなところにいれば、独り身でいる自分に寂しさを覚えながら、大衆の面前でリア充っぷりを見せつけてくるカップル連中に憎しみの念を送っていたかもしれない。


「天気予報で言ってたんだけど、今日は例年に比べて寒い日になるんだって。トシくんが風邪を引かないように私が温めてあげるね」

「ちょっと葵っ、ずるいわよ! あたしだって……あたしだって俊成を温めてあげられるんだからねっ」


 ガタンゴトンと電車に揺られながら、俺は座席の両隣から超がつくほどの美少女二人に挟まれていた。

 挟まれるなんて生易しいもんじゃない。心臓でも差し出そうとしているみたいに、葵と瞳子はぎゅむむっと強く胸を押し付けてくる。大きさの差はあれど、どちらも幸せの感触を俺の脳髄に届けてくれた。


「二人とも……ありがとうございます!」

「えへへ、トシくんが温まってくれたのなら良かったよ」

「俊成ったら大げさなんだから。別にこれくらいならいつでもしてあげるわよ」


 葵と瞳子の優しさが身に染みる。俺がなぜお礼を口にしたのか、彼氏彼女の関係になってもそこに気づかないところが愛おしい。


 ……なんだか、こういうのって久しぶりだな。年齢を重ねるにつれて、人目を気にせず俺を取り合うことが少なくなったから。小学生くらいの頃は珍しくなかったけど、これが大人になるということなのだろう。

 今日が最後になるかもしれない。だからこそ、純粋な気持ちを全面的に出しているのだろう。


「え、何あの黒髪の可愛い娘。アイドルみたいに可愛い顔してんのに胸でっか……」

「銀髪の娘、綺麗すぎないか? 脚のラインが最高だぞ。美人でスタイルも完璧じゃん……」

「テレビでも滅多に見られないような超絶美少女にお目にかかれるなんてツイてるぜ。しかも二人同時に……。サンタから俺への贈り物か?」


 周りの男からそんな好奇に満ちた声が聞こえてくる。一応声量を小さくはしているが、俺には丸聞こえだった。

 独り身ならわからなくもないが、この車両のほとんどがカップルだ。

 どうやらそのほとんどのカップルの男から漏れた言葉だったらしい。ちらほらと相手の女性に怒られている光景が見えた。ちゃんと彼女さんを見てやりなさいよ。


「あん……。ふふっ、嬉しいな」

「と、俊成……?」


 葵と瞳子の肩を引き寄せる。

 二人の容姿を褒められて嬉しくないわけではないが、下心丸出しの視線を向けられるのはあまり良い気分じゃない。

 手を出す気なんて起こさせてやらない。俺がいるのだと、周囲に睨みを利かせた。


「トシくんのそういうところ、私好きだよ」

「え、何? どういうことよ葵? 強引なのが良いってこと?」


 葵は俺の嫉妬に気づいていたようで、耳元で囁いてくる。

 逆に瞳子は周囲の目に気づいていなかったようで、葵が醸し出す甘い雰囲気に慌てふためいていた。むしろ彼女の変化が周りに気づかれていないかと心配している。そのうえで葵に負けまいと俺に体をくっつけるものだから、思わず抱き寄せる手に力を込めてしまった。


「ちっ、男連れかよ」

「って、二人ともなのか? 二人同時になのか?」

「り、理不尽だ……っ。なんであんな男なんかが美少女にモテるんだよっ」


 葵と瞳子にギラついた目を向けていた男どもが次々と目を逸らしていく。

 ていうかその美少女二人に挟まれていた俺がいるんだからすぐ気づけよ。まあ、それだけ二人の美貌が眩しすぎるってことなんだろうけども。

 葵と瞳子に比べれば、俺の存在感は薄いってことか……。せめて並んでいても違和感がない程度には自分を上げていきたいものである。


「へぇ、女の子に挟まれているあの男の子……けっこう可愛い顔をしているわね」

「可愛いって……カッコいいじゃないのかよ。ていうか服でわかりづらいけどけっこうガタイ良いよね。ちょっと興味あるかも」

「二人とも聞こえますって。まあ同感ですけども。顔と体……あの優しそうな雰囲気含めて好みですね」


 大学生であろう女子三人組が、俺達の方に目を向けながらそんな会話をしているのが聞こえてきた。

 葵と瞳子じゃなくて、俺を話題にしてんのか? 慣れない展開にちょっとドギマギしてしまう。


「「…………」」


 ぎゅむっ。俺を挟む二人の力が強くなった。

 葵と瞳子の顔を見れば、「むっすー」と擬音が聞こえてきそうなほどの不機嫌を表情に浮かべていた。どうやら女子大生三人組の会話が聞こえたらしく、嬉しいことに嫉妬しているようだ。


「……っ」


 彼女達のその可愛らしい反応に、俺はたまらない気持ちになった。


「んっ……トシくんの力、すごいよ……」

「俊成……っ。そんなに強くされたら……見られちゃうわ……」


 苦しそうな声ではっと我に返る。激しい気持ちが、葵と瞳子を抱き寄せる手に力を入れすぎてしまったようだ。


「ご、ごめん……。二人の顔を見ていたらつい力が入った。痛かったか?」

「ううん、むしろ嬉しかったよ」

「あたしもよ。俊成にならどんなに痛くされても構わないわ。それに、少しくらい強くされた方が俊成を感じられるし……」

「「……」」


 俺と葵は無言で瞳子を見つめた。


「え、な、何よその顔は? 二人ともどうしたのかしら?」


 瞳子は俺と葵の反応に動揺した。どうやら自分の失言には気づいていないらしい。


「ど、どんなに、痛くされても……だと?」

「あんなことを、あんな美人に健気に言われるなんて……っ」

「やべえよ。変な想像が頭から離れねえよ。ははっ、俺がおかしいのか?」


 男連中が瞳子の破壊力にノックアウトされていく。カップルの女子が呆れ、車内に満ちていたイチャイチャとした空気が霧散していった。


「え? え? 俊成はなんでそんなにも悲しそうな顔をしているのよ? 葵はなんで生暖かい目になっているのよ?」


 電車が目的の駅に到着する。立ち上がった俺と葵は、瞳子を真ん中にして彼女をエスコートしながら電車を降りた。


「何か言いなさいよ! 俊成? 葵? もうっ、一体何なのよーーっ!?」


 俺と葵に手を繋がれて、瞳子は子供みたいに大声を上げる。それがまた昔みたいでおかしくて、つい笑ってしまったのであった。


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