俺はまどろみの中で郷田晃生と出会った。
一瞬俺かと思った。そう認識してしまうほどに、郷田晃生の肉体が俺に馴染んでいたってことか。
『ったく、人の身体で好き勝手しやがって』
俺の声じゃない。同じ声だったが、それは元の郷田晃生のものだとすぐにわかった。
「なんだよ。怒っているのか?」
『何ぼけたこと言ってやがんだ。普通は怒るだろ』
そりゃそうだ。本来の身体の持ち主が現れたってのに、俺は呑気に笑っていた。
「なら、身体を取り返しに来たのか?」
だったらとても困る。俺には手を出した女たちを守るという使命があるからな。
郷田晃生は俺の質問に答えず、怒声を飛ばした。
『お前も俺と変わらねえ! 女の身体を貪っただけだ。本当はあいつらの身体目当てだったんだろ? 善人ぶってもいつかはボロが出るぞ』
「別に、俺は善人じゃないからなぁ」
『何?』
身体目当て、と言われれば否定はできない。
あれだけ魅力的な美少女に迫られて、手を出さないなんてことはできなかった。世のラブコメ主人公は本当にすごいと、今だからこそ心から尊敬できる。まさに理性の化け物だ。
本能を抑えられなかったのは、この身体が郷田晃生のものだったからではない。元の俺自身だったとしても、きっと拒絶できなかった。
それほどに魅力的なヒロインたちだ。繋がり合ったからこそ、守りたいし、笑顔でいてほしいと思うのだ。
「知っているか? ここってエロ漫画の世界なんだぜ」
『は? 何変なこと言ってやがんだ』
「俺が抱いた美少女たちはな、全員お前が手籠めにするはずだったんだ。無理やりあんなことやこんなことをして、郷田晃生の竿なしじゃあ生きられないってくらいに変えちまうはずだったんだよ」
せっかく夢だと気づいたんだ。この際だから言いたいことを吐き出してしまおう。
本当なら自分の女にするはずだった。それを聞いて悔しがる反応を期待していた。
『……そうか』
なのに、郷田晃生の反応は薄いものだった。
「どうした? 悔しくないのか? 俺を追い出してやりたいって思わないのかよ!」
『バカ野郎が。俺にまで気遣いを見せるんじゃねえよ』
「……は?」
は? いや、本気で何を言っているのかわからないんだけど?
俺が郷田晃生に気遣いなどするわけがない。だって相手は悪役最低野郎なのだ。そんな奴の身体を乗っ取って、女まで奪ったところで俺が心を痛めることなんて一つもない。
『無理やり手を出して、俺のモノだと言ったって意味がねえだろ。だが、俺にはそれしかできなかったんだろうな。元からそういう奴だからよ』
凶悪な顔つきが変わったわけじゃない。ただ、奴の表情から棘がなくなっているように見えた。
『テメーは俺だ。だからわかる。俺を怒らせれば身体の主導権を返せるかもしれない。そう考えたんだろ?』
「……」
『俺がわかるように、テメーも俺の気持ちがわかんだろ。……変な気遣いするんじゃねえ』
……別に、郷田晃生に対して気遣いなんかした覚えはない。
だけど、原作では語られることのなかった気持ちってやつが流れてきて、それに思うところがなかったかといえば嘘になる。
郷田晃生は幼少の頃から愛されてこなかった。
両親から疎まれて、周りに味方がいなかった。まだ小さい頃からそんな状況で、まともに愛情というものを与えられてこなかった。
女を食いまくるのは、愛情を求めていたからなのかもしれない。もちろん快楽を優先しているのは疑いようがないが、心の奥では自分を求めてほしかった思いがあったのだろう。だから快楽漬けにして自分を求めるように仕向けた。
なぜ寝取りに走ったのか、原作の流れが変わってしまったためにそれはわからずじまいだ。ただ、俺の中に郷田晃生という人間の記憶や感情が流れ込んできて、それが答えじゃないのかと思っただけだ。
「良いのか? その、告白とかしないで……」
『これ以上言わせんな。変な気遣いはするんじゃねえよ。次言ったらぶっ転がすからな』
「転がすだけで許してくれるんだ」
郷田晃生には好きな女の子がいる。
漫画では語られることのなかった事実。郷田晃生になった俺しか知らない、彼の純粋な気持ちだった。
……じゃあなんで漫画であんな展開になるんだよ! と、激しくツッコミたいところだが、そういうトチ狂った行動をしてしまうのがエロ漫画の竿役ってもんなんだろう。知らんけど。
「お前がそれで良いってんなら、もう何も言わん。俺の好きにやらせてもらうからな。……あの時土下座でもして代わってもらえば良かったのにって後悔しても、もう遅いんだからな」
『ハッ』
鼻で笑われてしまった。今のはマジでムカついたんですけど?
『まあ自分自身に女を寝取られるって経験、今しかできねえからよ。テメーもせいぜい愛想尽かされねえようにがんばるんだな』
どうやら郷田晃生はNTRに目覚めつつあるようだった。……寝取られる側なんですけど、良いんですかね?
「お前が良いってんならもう気にしないぞ。せいぜいがんばらせてもらうさ」
そう言った瞬間、意識が浮上していく感覚がした。
どうやら目覚めの時間らしい。最後に郷田晃生を見つめて、約束してやる。
「お前の好きな子は誰にもばらさないでおいてやるから。安心して成仏しろよ」
『俺は死んでねえ! ……しゃべったら本気でぶっ転がすからな』
男友達みたいな約束をして、俺たちは別れたのだった。
そうして、俺はまた現実に戻った。