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33.幸せの味

 日葵に腕を引かれるまま辿り着いた場所は、郷田晃生が溜まり場にしている空き教室だった。


「もーっ、遅かったじゃん。お腹ペコペコなんですけどー」


 その教室で羽彩が俺たちを待っていた。昼食を食べずに待っていたらしく、プリプリと金髪サイドテールを振って可愛らしい怒りを見せる。


「ごめんね羽彩ちゃん。晃生くんが変な男子に絡まれちゃってたのよ」

「ふーん。晃生に絡んでくるって怖いもの知らずだねー」

「……純平くんだったから」

「あー……どんまい」


 一応、日葵にとっては幼馴染の元カレだ。野坂の愚行に羞恥心が込み上げてきたようで、恥ずかしそうに顔を隠していた。


「日葵が気にすることじゃないだろ。それに、日葵が野坂にああやって言ってくれたからこそ大人しくなったんだ。俺が何を言ったところで無駄だったろうからな」


 日葵があの場に来てくれなかったら話し合いにもならなかった。俺の言葉は届かず、ただ無為な時間になっていただろうからな。


「えー、何があったの? 気になるんですけどー」

「あまり良い話じゃないわよ? とりあえずお弁当を食べましょうか。お腹空いたでしょ?」

「賛せーい!」


 羽彩は嬉しそうに手を挙げる。日葵はそれを微笑ましいとばかりに眺めていた。なんだか君ら、仲の良い姉妹みたいだね。

 二人は弁当箱を取り出す。それを見て、俺は昼食を買っていなかったことを思い出した。


「パンを買いに行こうと思ってたのに忘れてたわ」


 購買に行こうとしていたところを野坂に呼び止められたのだった。日葵の登場ですっかり忘れていたな。

 急いで購買に行こうとする俺を、羽彩が引き留めた。


「だ、大丈夫……。ほら、晃生の分……作ってきたし」


 羽彩が弁当箱をもう一つ取り出した。大きいサイズの弁当箱で、俺の胃袋に合わせたものだとわかる。


「晃生の口に合うか、わかんないけど……」


 照れた顔を見せてくれる羽彩。こいつ、俺のために……っ。

 羽彩から弁当を受け取る。中身は肉メインでありながらも、野菜で彩りも鮮やかだ。美味しさと栄養の両方を考えてくれたのだと、一目で伝わってきた。


「おおっ、美味そうじゃん。羽彩が作ったのか?」

「ま、まあね」


 見た目に反して、は失礼かもしれないが、羽彩は料理のできる女子だったようだ。

 食欲をそそられて腹が鳴る。羽彩と日葵から生温かい目を向けられたが、今は構ってやれなかった。


「いただきます」


 手を合わせて早速羽彩の手作り弁当をいただく。一口サイズに切り分けられたハンバーグを口に放り込むと、冷えていながらも肉汁がじゅわっと溢れてきた。


「う、美味ぇ……」


 初めて女子の手作り弁当を食べた。その感動もあるが、羽彩の料理の腕がすごかった。

 自分が作ったものとは全然違う。コンビニ弁当だって歯が立たねえ。まさに別次元の味だった。

 口の中に肉汁が広がっているうちに白米をかき込む。ハンバーグと米が混ざり合って、幸せの味がした。


「晃生ったら、そんなに急いで食べなくてもいいのに」

「美味すぎて止まらねえんだよ」

「そ、そう……。えへへ、喜んでもらえたなら良かった」


 羽彩がほっこり笑う。その笑顔が可愛くて、さらに食が進んだ。


「むぅ……。晃生くん、次は私が作ってくるからね」

「おう。楽しみにしているぜ」


 褒められている羽彩が羨ましかったのか、日葵に対抗心が芽生えたようだ。優等生だし料理も上手だろう。楽しみだ。



  ◇ ◇ ◇



 羽彩が作ってくれた弁当は男子高校生を満腹にさせるだけの量があった。あまりの美味さに、完食した今も幸せな気持ちのままだ。


「はあ? 野坂の奴そんなこと言ってたの? 終わってんね」


 羽彩は軽蔑した感情を隠そうともせずにそんなことを言った。

 日葵から俺が野坂に絡まれた件を聞いての感想だ。眉を顰めて不快感を露わにしている。


「昔から人前では良い顔をして、裏では悪口を言っているような人だったわ。実害はないから気にしていなかったけれど……。今回は度が過ぎていたわね」

「そんな奴がよくもまあ晃生に正面切って文句を言えたもんだよ。まあ最近の晃生は優しかったし……。それでつけ上がったのかもね」


 日葵と羽彩が同時にため息をつく。俺は食後のお茶を優雅に飲んでいた。ちなみにお茶も羽彩が用意してくれたものだ。


「つーか、日葵も野坂と別れたことをクラスメイトに言ってなかったの? みんなその事実を知らないから野坂の言うことを信じちゃったんだろうし、言った方が良くない?」

「別に大したことではないから、わざわざクラスメイトの前で言わなくても良いと思ったのよ。だから仲の良い友達にしか言っていなかったわ。でも、晃生くんに迷惑をかけるならみんなに知ってもらう方が良いのかもしれないわね」


 日葵が決意を固めたかのように握りこぶしを作る。


「だからって俺の女になったとは言えねえだろ。健全な関係じゃねえんだからよ」


 日葵は俺の女だ。だがしかし、それは恋人という意味ではない。

 俺には関係を持った複数の女がいる。日葵だけじゃなく、羽彩やエリカだっている。誰か一人を恋人というくくりにはできなかった。


「あら、私は構わないわよ。嘘の関係を吹聴されるよりも、本当のことを信じてもらいたいもの。私は晃生くんの女だってね」


 日葵に迷いはない。俺のセフレだと認識されてもいいと、その目で覚悟を表していた。


「……好きにしろ。何があっても、俺はお前を守ってやるだけだ」

「晃生くん……」


 日葵が静かに身体を寄せてくる。体温が伝わるほどの距離。彼女の柔らかさを感じられた。


「アタシも……。何かあったら守ってくれる?」

「当たり前だ。羽彩は俺の女なんだからな」

「~~っ!」


 羽彩も俺にくっついた。二人の美少女に挟まれる形となる。幸せのサンドイッチ……具材は俺。

 日葵も羽彩も熱っぽい瞳を俺に向けている。食欲が満たされて、今度は性欲が強くなってきたらしい。


「もうそんなに時間はないぞ」


 昼休みの終わりが近い。イチャイチャするには時間が足りなさすぎた。


「なら、急いでしてあげる」


 日葵はのぼせたような顔でそんなことを言う。

 そして、彼女の手が俺のベルトを掴んだ。優等生だけあって、その手際は滑らかなものだった。


「~~……っ」


 食欲が満たされて高ぶっていたのは俺も同じだったようだ。優等生とギャルのタッグに、あっさりスッキリさせられるのであった。



  ◇ ◇ ◇



 俺たちはなんとか午後の授業に間に合った。


「野坂はいないのか? おーい誰かー。理由を知っている者はいるかー?」


 しかし、そこに野坂の姿はなかった。先生が聞いて回っても、誰も答えられない。

 そして、放課後になっても、奴が帰ってくることはなかったのであった。

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