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38.慌ただしく日々は過ぎていき

 体育祭が近づくにつれて、実行委員の仕事も忙しくなってきた。

 みんなが熱心に仕事に取り組むので、俺もやる気が上がっていた。少しずつ盛り上がっていく空気感が、割と悪くないと思える。

 前世の俺も郷田晃生も、元々こんな青春に価値なんぞ感じちゃいなかった。けれど大人になってみて、そうやって切り捨ててしまった青春を全力で取り組めなかったことに後悔を感じてしまった自分に気づいた。


「あの郷田晃生が体育祭を真面目に取り組む……。どうだ、悔しかろう?」


 胸の奥に尋ねてみる。少しだけ心臓が跳ねた気がした。これがどういう意味かは、身体をもらった俺だからこそ伝わっていた。

 さて、実行委員の俺の仕事はと言えば。


「んしょ……」

「それ持ちますよ。重たい物があったらいつでも声かけてください。力だけは自信があるんで」

「ありがとう郷田くん。頼りがいのある後輩ね」


 先輩の代わりに荷物運びをしたり。


「うおっ、これけっこう重いな。おーい、誰か手伝ってくれー!」

「任せろ。こっちを持てばいいか?」

「おおっ、サンキュー郷田!」


 同級生の荷物運びを手伝ったり。


「ふえぇ……。ハチマキがどこにあるかわからないよ~……」

「用具室にあったぞ。ほらよ」

「ご、郷田先輩!? うわぁ、全部の色のハチマキが入ってる……。こんなに大きなダンボールを一人で持って来てくれたんですか? あ、ありがとうございますっ」


 後輩が探している荷物を運んできたりした。

 俺の仕事、荷物運びばっかりだなぁ。しかしこの筋肉を使わないわけにはいかないだろう。ただスッキリするだけの身体ではないのだ。

 みんなそれぞれ役割がある。雑用係の俺は便利に使われてなんぼだ。

 それに、役割があるのは実行委員ばかりではない。


「郷田くん脚速いな。リレーのアンカーは君に決まりだよ」

「おう、任されたぞ」


 クラスで出場種目ごとの練習が始まった。

 適当に流そうなんて感じは一切ない。みんな勝ちを目指していた。学園ラブコメにも負けないくらいの熱がこもっている。


「やるわね晃生くん。私もリレーのアンカーだから、二人で一位を取りましょうね」


 俺と日葵はリレーに出場することになった。チートボディの俺はともかく、日葵は勉強も運動も学年トップクラスなのだから本当に優秀である。文武両道ってできるもんなんだな。


「晃生見て見てー。どうよこのジャンプは? パン食い競走はいただきでしょ」


 羽彩は俺の前でぴょんぴょんと飛び跳ねる。飛びながら口をパクパクと動かしていた。どうやらパンを取るイメージを掴んでいるようだ。


「……」


 練習熱心なのは良いことなのだが、薄い体操着で飛び跳ねるものだから豊かに実った二つの果実がゆっさゆっさと揺れていた。ついでにチラリと形の良いへそが見えた。

 なんという無防備さ。気づいた男共が前のめりになっていく。あれでは練習どころではない。


「羽彩」

「何?」

「ちょっとこっちに来い」

「え……ちょっ、晃生……。ここ学校だよ……?」


 何を期待したんだか、羽彩は頬を紅潮させながら俺についてきた。

 俺は男子連中から離れた場所で、羽彩に説教をした。自分が男からどう見られるのか考えなさい。


「…………」


 期待したことではなかったからか、俺に説教された羽彩の目が死んでしまった。

 明らかにがっかりしている。まずい、このままでは練習に影響が出るかもしれない。元気を取り戻してもらわねば。


「まあ、後でスッキリさせてもらうからな」

「も、もうっ……晃生ったら仕方がないんだからー♪」


 すぐに調子を取り戻すチョロイ女である。こういう素直な反応がまた可愛いんだけどな。



  ◇ ◇ ◇



 そんなこんなで日々が過ぎていた。気づけば休んでいた野坂が学校に来るようになっていた。


「……」


 久しぶりに顔を出したからって、野坂と言葉を交わすことはなかった。あんなことがあった後だし、俺から声をかけると余計に気まずくなるだろうと思って変な気は回さないことにした。


「郷田くん、ちょっと良いですか?」

「ああ。どうした黒羽?」


 同じ体育祭実行委員というのもあって、黒羽と会話することが多くなった。

 ほとんどは仕事の話だが、時折雑談もできるくらいには仲良くなれた。あまり怖がられてはいないようなので、無理しているわけでもないのだろう。

 ……ただ、気になるのは俺と黒羽が話している時に限って、野坂がニヤニヤしながらこちらを見ていることだろうか。良からぬことでも考えているんじゃないかと心配になる顔だ。


「あまり気にしなくてもいいわよ。たとえ変なことを考えていたとしても、実行できるような人じゃないから」


 野坂のことを日葵に相談してみると、こんな言葉が返ってきた。幼馴染だっただけあって、妙に説得力を感じる。


「それよりも、私は晃生くんが梨乃ちゃんと仲良くしているのが気になるんだけど?」

「同じ実行委員なんだから話すこともあるだろ」

「それは気にしていないわ。私が言いたいのは梨乃ちゃんも手籠めにするのかってことよ」

「……俺、そんなに見境なく手を出す男に見える?」


 自分で言っておいてなんだが、見た目だけなら見境なく女に手を出しそうだよなと納得してしまった。うん、人の女を寝取りそうな顔している。

 けれど、日葵は首を横に振った。


「ううん。でも前もって言っておけば意識するでしょう?」

「お前なぁ……」

「晃生くんって女の子を襲うタイプに見えて、案外その逆だったりするから。覚悟させておかないとね」


 日葵は初めて俺に気持ちを伝えたことでも思い出したのか、照れ臭そうに笑った。独占欲があるんだかないんだかわかんねえな。


 ──そんなこんなしているうちに、体育祭当日を迎えたのであった。


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