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37.俺んちは勝手に共有されている

 体育祭実行委員会が終わって、日葵と一緒に帰宅した。

 てっきり別の場所で羽彩が待っているのかと思っていた。学校を出ても合流しないので、先に帰っていたかとちょっぴり残念に思った。


「お帰りー。どうよ? けっこう綺麗になったでしょ」


 待っているのは待っていたのだが、その場所は俺んちだった。帰宅して一番に、羽彩のドヤ顔が飛び込んできた。

 何をそんなに得意げにしているのかと思えば、どうやら俺の部屋を掃除していたらしい。一人暮らしする男の汚い部屋が、まともに見られる程度には片付けられていた。


「お前、ずっと掃除していたのか?」

「そだよー。日葵と勉強するのはめんどいし。だったら晃生の役に立てることをちょっとでもしたいじゃん」


 良い汗をかいたとばかりに額を拭う金髪ギャル。弁当もそうだったが、案外家事スキルが高いギャルのようだ。


「ありがとな羽彩。助かったぜ」

「えへへー」


 羽彩の頭を撫でる。我ながら乱暴な手つきだってのに、羽彩は気にするどころか嬉しそうにしていた。


「で? 合鍵はどうしたんだ?」

「あだだだだーーっ! 痛い痛いってーーっ!」


 羽彩の頭を掴み力を込める。乙女らしからぬ悲鳴が木霊した。

 羽彩に合鍵を渡した覚えはない。勝手に作ったのなら、きつい説教をしてやらないといけないな。


「え? 合鍵はエリカさんがくれたわよ?」


 日葵が「ほら」と自分の分の合鍵を見せてくる。お前も持っているんかい。

 いつの間に……。今度エリカを説教してやらなければならないようだな。いや、彼女なら大家にも根回ししているかもしれないか。気づかなかった時点で俺の負けだろう。


「もしかして、私たちが合鍵を持っているの……嫌だった?」


 日葵がしゅんと肩を落とす。こんな悲しそうな顔を見せられたら、勝手に合鍵を作られたくらいどうってことないように思えた。竿役は見られてなんぼだ、プライバシーなんて関係ねえ!


「別に嫌じゃないぞ。お前らは俺の女だからな。好きな時にでも来ればいいさ。たとえば、抱かれたい時にでもな」

「晃生くん……」


 日葵がうっとりと息をつく。俺はニヤリと悪役らしく笑った。


「ちょっ……何それ! アタシは痛い思いしただけなんですけど!?」


 羽彩が抗議してくるが、聞こえないフリをした。



  ◇ ◇ ◇



 羽彩は買い物もしてくれていたようだ。冷蔵庫の食材を使って日葵が夕食を作ってくれることになった。


「まさか晃生が体育祭実行委員になるだなんてねー。真面目な晃生、超ウケる」

「変か?」

「ううん。超カッコいい」


 羽彩がにまにまと笑う。こいつの誉め言葉はわかりにくいのかわかりやすいのか……。可愛いから許してやるけど。


「今日の実行委員の話し合いでパン食い競走をねじ込んでおいたぞ」

「マジ? よっしゃ、それ絶対アタシが出るからね」


 羽彩は腕まくりをする仕草をして気合いを見せる。大食い競走じゃないってわかってんのか?

 羽彩と中身のない雑談を楽しんでいると、カレーの良い匂いが漂ってきた。


「腹が減ってきたな」

「カレーの匂いって食欲そそるよね」


 最初、日葵は肉じゃがを作るつもりだったのだが、俺が「肉じゃがよりカレーが食いてえな」と言ってしまったために急遽予定を変えてくれたのだ。羽彩も「こんなこともあろうかと」とカレールーを買ってくれていた。


「晃生ー、ご飯の前にシャワー浴びなくていいの?」

「後でもいいだろ。……もしかして、したくなったか?」

「べべべべべべべべ別にっ!? 汗かいてないかなーって……思っただけだし!」


 一瞬で顔を真っ赤にさせる金髪ギャルだった。本当に何気なく言っただけなんだろうなぁ。

 だが、せっかくなのでいじってやろうか。不用意なことを口にする羽彩が悪い。


「そうか? せっかくなら羽彩と一緒に入ろうかと思ったんだがな」

「アタシと一緒に!?」

「そんなに驚くことでもないだろ」


 羽彩の肩に腕を回す。我ながら軽薄だなと思いつつ、彼女の胸に手を添えた。


「俺はもう、お前の全部を知っているんだからよ」

「~~っ!?」


 羽彩の目がぐるぐる回ってしまった。「全部を知っている」は言いすぎにしても、身体を重ねた仲なんだからそんなに恥ずかしがらなくてもいいだろうに。


「私が料理中なのに、イチャイチャしてくれるじゃない?」


 日葵がこっちに顔を向ける。ニッコリ笑っているのに、なぜか背筋に悪寒が走った。包丁握っているのが怖いんですけど……。


「別に見せつけてはねえよ。なあ羽彩?」

「う、うんっ。全然だしっ」

「一緒にシャワー浴びるのは飯を食った後でな」

「~~!?!?!?」


 金髪のサイドテールをかき上げて耳元で囁いてやる。一度油断したからか。羽彩は声にならない悲鳴を上げた。


「エリカさんって今日は来ないの?」


 羽彩が頭から湯気を出して動かなくなった。それをわかってか、日葵が質問を投げかけてくる。


「エリカは毎日来るわけじゃないからな。むしろここに顔を出す方が珍しいくらいだ。俺もあいつがいつ来るかはわからねえ」

「そうなのね。意外だわ」

「そんなに意外か?」


 俺からすれば、そう思われている方が意外だった。

 相手は女子大生だ。俺たちとは予定も違うだろう。

 それに、エリカは二人のように好意だけで俺のところに来るわけじゃない。はっきりセフレと言える関係だ。お互い欲を満たせればいい。彼女自身が言ったことだ。

 会いたいと思っても来てくれるわけじゃない。そのもどかしい距離感が、俺たちには合っているのかもしれなかった。


「はーい。ご飯出来たわよ」


 日葵が作ったカレーはものすごく美味かった。それに、三人で囲む食卓は、どう表現すればいいものか……とにかく、とても良いものだった。


「ご馳走様。それじゃあ一緒にシャワーを浴びましょうか」

「だな。日葵は料理を作ってくれたし、羽彩は買い物と掃除をしてくれたからな。お礼に隅々まで洗ってやるよ」

「まあ嬉しいわ♪」

「す、隅々まで……あわわわわわ」


 食事を終えて、後片付けもした。俺たちは三人でシャワーを浴びて、それから滅茶苦茶スッキリしたのであった。



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