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36.ピンクと緑は親友のようだ

 体育祭実行委員の仕事とはどんなものだろうか?


「用具の準備や後片付けはもちろんですが、種目決めやスローガン作成。議事録をまとめたりなどがありますね。当日も係によっては忙しいでしょう」


 ぽつりと呟いただけの疑問に、黒羽は律儀に教えてくれた。


「そうなのか。教えてくれてありがとうな」

「いえ、同じ実行委員の仲間ですので」


 黒羽梨乃。大人しいというか、おどおどした態度の印象が強い女子だった。

 実際に、転生した最初の頃は俺を怖がっていたと思う。クラスメイトと似たような反応をしていたし、俺に近づく日葵を心配していた。

 だが、今の彼女からは俺に対する恐れを感じない。自然というか普通というか。不良生徒ではなく、一人のクラスメイトとして接してくれているように思えた。

 ……でもこの娘、原作では野坂のことが好きだったんだよなぁ。


「ここが会議室ですね。あまり入ったことのない場所ですから緊張します」

「だな。まあやることは体育祭を盛り上げるための仕事だ。あまり気負わずにいこうぜ」


 目の前には会議室のドア。そこに入る前に、黒羽は小さな声で言った。


「……郷田くんってちゃんと学校行事に参加するんですね」

「そりゃ俺も学生だからな」

「あ、ごめんなさい。そういう意味じゃなくてですね……」


 黒羽は慌てたように首を振る。彼女の緑髪がふわりと揺れた。


「わかってるよ。俺だって自分が周りにどう思われているか知っているつもりだからな」

「いえ……」

「評価は俺自身の積み重ねだ。これからは少しでも見直してもらえるように、いろんなことを真面目に取り組んでいきたいんだ」


 黒羽が眼鏡の奥で目をパチパチと瞬かせる。小顔だからか、目がとても大きく見える。


「こんなんだけど、俺も青春ってやつがしたいんだよ。今更だけどな」

「青春、ですか?」

「ああ。体育祭とかまさに青春って感じの行事だろ? 俺は見た目通り、けっこう運動が得意なんだ」

「別に実行委員に運動の得意不得意は関係ないと思いますけど」

「そこはツッコまなくてもいいだろうよ」


 黒羽は小さく笑った。小動物っぽくもあり、少し気品を感じさせる笑い方だった。


「……日葵ちゃんが言った通り、郷田くんは怖い人ではないんですね」


 黒羽が小さく口を動かす。何か言ったようだったが、よく聞き取れなかった。


「ん、何か言ったか?」

「いいえ。早く会議室に入りましょう」


 そうだった。実行委員会があるのに、こんなところでおしゃべりしている場合じゃない。俺たちは会議室のドアを開けた。



  ◇ ◇ ◇



 俺の参加に他の実行委員が驚いていたが、会議は滞りなく進行した。

 各自の役割を決めてから、種目の意見を求められた。俺はパン食い競走を意見として出してみた。割と「面白そう」という評価が多く集まり、種目に取り入れられることになった。

 あとは役割ごとで分かれて、こまごまとしたことを決めていく。意外と言ってはなんだが、一回目の会議でけっこう進んだと思う。


「郷田くんが積極的だったから良かったんだと思いますよ? 最初に手を挙げてくれた人がいたから、みんなも意見を出しやすかったんですよ」


 会議が終わった後に、黒羽が褒めてくれた。


「そうか? 俺がどうとかってより、みんなが熱心だったからだろ。お祭り好きっていうか、体育祭を盛り上げようって空気がすごかったぞ」


 最近の高校生はこんなにも熱心なのかと感心したものである。まあ漫画の世界なのでイベントごとには気合いが入るものなのだろう。

 ……エロ漫画の体育祭ってエッチなイベントのオンパレードじゃないの? と、ちょっとだけ期待したのは内緒である。うん、ちょっとだけしか考えていないからセーフ。


「あっ、晃生くん梨乃ちゃん。お帰りなさい」


 教室に戻ると日葵が待っていた。

 放課後なので他の生徒の姿はない。暇な時間を過ごさせてしまっただろうか。


「勉強していたから暇じゃなかったわ」


 俺の心を読んだかのようにそんなことを言う日葵。確かに机には教科書とノートが広げられていた。


「梨乃ちゃん、実行委員会はどうだったの?」

「みんなやる気があって楽しかったよ。今年の体育祭は面白くなるかも。日葵ちゃんも期待していてね」


 日葵と黒羽は楽しそうにおしゃべりする。

 黒羽と少し仲良くなれたかもと思ったが、さすがに親友との接し方は違っていた。仲良しの友達が相手だと敬語がなくなるらしい。そういうしゃべり方がデフォルトだと思っていたから新鮮に感じられる。


「それに、郷田くんの印象がちょっとだけ変わったかも……」

「晃生くんがどうかしたの? 教えて梨乃ちゃん」

「えっとね──」


 黒羽が日葵に耳打ちをする。よく聞こえないが、日葵の表情が段々と笑顔になっていた。

 え、何を話してんの? かなり気になったのだが、女子同士の秘密の話のようで俺に聞かせてはくれなかった。


「そっかそっかー。晃生くんは可愛いのよね♪」

「オイ。何話してんだよ? 可愛いってなんだ?」

「何でもないわ。晃生くんは気にしないで」

「気になるってのっ」


 日葵と黒羽が揃って「ねー」と笑う。タイプは違うけど、確かにこの二人は親友のようだ。


「それじゃあ晃生くん。帰りましょうか」

「黒羽と一緒じゃなくても良いのか?」


 黒羽の方を見ると、すでに俺たちを見送るつもりでいるのか手を振っていた。


「あたしは部活がありますから。二人とも気をつけて帰ってくださいね」

「というわけよ。早く帰りましょう。羽彩ちゃんも待っているんだから」


 日葵に腕を引っ張られる。歩き始めると腕を抱きしめられた。幸せの感触が伝わってくる。

 教室を出る前に振り返って黒羽にあいさつをする。


「じゃあな黒羽。今日はありがとうな。帰る時は気をつけるんだぞ」

「はい、さようなら。体育祭が終わるまで一緒に実行委員をがんばりましょうね」


 俺と日葵は見送られながら教室を出た。


「……あれが、野坂くんが言っていた郷田くんの本性ですか」


 教室に残された黒羽の呟きは、俺に届くはずがなかったのであった。


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