「お前ら! なんで郷田なんかと仲良くしてんだよっ!?」
トイレ休憩した帰り道。野坂の怒鳴り声が聞こえてきた。
何事だ? グラウンドから隠れた校舎裏を覗いてみると、野坂と友人らしき数名の男子の姿があった。
「なんでって言われても……なあ?」
「郷田って思ったよりも面白いし、がんばってるし、話してみるとそんなに怖い奴ってわけでもなかったし?」
「はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ!?!?!?」
野坂の大声が校舎裏に響き渡る。それだけの声量があるんならクラスメイトの応援してやれば良いのに。体育祭が始まっているってのに、奴はこそこそとどこかへ行ってばかりで応援の声がまったくなかったからな。見つけたと思えばこれだよ……。
「俺が教えてやったことを忘れたのか? あいつはすげえ悪い奴なんだ! 犯罪者なんだよ! そんな奴と話すとか……お前らも犯罪者同然になるだろうがっ!!」
野坂のすげえ剣幕にも、男子連中はとくに気にした様子はなかった。困ったような、呆れているような、そんなどちらとも言えない曖昧な表情を浮かべている。
「別に忘れたわけじゃないって。でもさ、郷田の悪いうわさなんて今更だろ? 確かにうわさには犯罪レベルのもんがあるけどさ、それが真実って保証もないよな。最近の郷田ってクラスのこととかちゃんとやってくれているし。いつまでもうわさ通りの奴って目で見られねえよ」
「そうそう、俺も思った。あくまでうわさだもんな。前は怖い雰囲気だったけど、今は大人しくしているもんな。騒ぐ時って言っても白鳥さんが話しかけた時くらいだし」
「つーか、俺らまで犯罪者扱いとかひどくね? ……もしかして野坂、白鳥さんを取られて嫉妬してんのか? それで過剰に反応しているとか」
「んなっ……!」
一人の男子の言葉に、野坂は絶句した。
野坂にとっては図星だ。だが、その男子は真実を言い当てたつもりはなかったらしい。「彼女がちょっと他の男子に話しかけたくらいで嫉妬するとか……、野坂って器が小さいのな」と続けていたからな。
しかし、続いた言葉は野坂の耳に届かなかったようだ。その顔が怒りに染まる。
「テメェッ! よくも言いやがったな!!」
「ぐえっ!?」
野坂はその男子の胸ぐらを掴んだのだ。突然のことに友人連中はぽかんと固まっていたが、苦しそうな呻き声が聞こえたからかすぐに野坂を引き剥がす。
「おい野坂! お前何キレてんだよ!?」
「ただの冗談に何マジになってんだよ!」
優しい友達なのだろう。暴れる野坂をなんとかなだめようとしていた。だが奴の興奮は収まらず、仕方がなく数人がかりで取り押さえていた。
取り押さえられた野坂はしばらく唸り声を上げていた。獣かよ……。
しばらくすると落ち着いたのか、友人たちから解放された野坂はうつむいて動かなかった。心配そうに声をかけられても反応しない。
「……まさか図星?」
さっき胸ぐらを掴まれていた男子がぽつりと言った。
「っ!!」
野坂は逃げるように駆け出した。残された男子連中からは困惑した雰囲気が充満していた。
「あいつ……体育祭からも逃げたってことはないよな?」
そうなると、野坂が出場するはずだった競技に空きが出てしまう。代わりの人を探さないといけなくなるんだが……。
この光景を目にして、俺の心配はそれだけだった。
◇ ◇ ◇
俺の心配は杞憂だったようだ。
野坂はちゃんと競技に参加してくれていた。友達グループとは距離を取っているようだが、こっちの仕事が増えなくて安心する。
「晃生ー、お昼ご飯にしようよー」
「ああ、今行く」
そんなわけで午前の部が終わって昼休み。みんな思い思いの場所で昼食を取っている。
「日葵はどうした?」
羽彩に呼ばれたのは良いものの、目立つピンク頭が見当たらない。最近は羽彩と日葵が一緒だったから、姿が見えないと何か足りない気分になってしまう。
「今日は友達と食べるんだってさ。まあたまには良いんじゃね?」
羽彩はニヤリと笑っていた。
俺を独り占めにできるとでも思っているのだろうか。いや、何か別の意図を感じる。
「なあ羽彩。日葵は何か用事でもあるのか?」
「え? い、いやぁ……アタシは知らないなー……」
目を逸らしてサイドテールにした髪をいじる羽彩。わかりやすい奴である。
どうやら俺に教えるつもりはないみたいだ。わざわざ突っ込んで聞き出すものでもないだろう。必要なら俺を頼るだろうしな。
「じゃあ飯にするか。二人きりでな」
「ふ、二人きり……」
わざと「二人きり」と強調してやる。それだけで金髪ギャルは顔を赤くしてしまった。くくく、チョロイ女だぜ。
「なんか晃生、優しい顔してるよ?」
「ん、そうか?」
おかしいな? むしろ悪役っぽく笑ったつもりだったのに……。
まだまだ郷田晃生の身体を使いこなせていないってことか。だから他の奴には笑顔で接しても怖がられるんだな。うん、郷田晃生が全部悪い。
心の奥底から「うるせー」と聞こえた気がした。俺は不思議に思うこともなく、羽彩といつもの空き教室に向かう。
「はい、どうぞー♪」
今日も羽彩の手作り弁当だ。正直かなり気に入っている。こいつの弁当の味を知ってしまってから、購買でパンを買おうという気がなくなっているほどだ。
「いつもありがとうな。いただきます」
「いただきまーす」
弁当を開けると彩りだけで目を楽しませてくれる。冷えているはずなのに、温かみを感じさせる味がした。
口にはできないが、料理の腕に関しては羽彩は日葵よりも上だ。部屋を掃除もしてもらったし、想像以上に家庭的なギャルである。
「んっふふー♪」
「なんだよ?」
弁当を食べていると、羽彩がこっちを見ながらニコニコしているのに気づいた。
「いやぁ、晃生って美味しそうに食べてくれるなーって思ってさ」
「そりゃあ羽彩が作ってくれた弁当が美味いからな。これだけ料理できるならいつでも結婚できるんじゃないか?」
「結婚っ!?」
羽彩はテンパったのか、自分の弁当を放り投げた。ってオイ!
「ったく、何やってんだよ。落っこちたらせっかくの弁当が台無しだろうが」
羽彩が真上に放り投げた弁当をキャッチする。引っくり返らなかったおかげで中身をぶちまける事態は避けられた。
「ナイスキャッチ……。じゃなくて! 晃生が変なことを言うからでしょうがっ!」
「は? 変なこと?」
「だ、だから……嫁に来い、とか……」
「嫁に来いとは言ってねえ」
変に解釈を歪めるんじゃねえよ。……別に、羽彩みたいな女の子が嫁になったら嬉しいとは思うけども。
「……」
「……」
妙な沈黙が流れる。俺はがしがしと頭をかいてから、羽彩を抱き寄せた。
「……離れろとは言ってねえからな」
「あ、晃生……っ」
昼休み、人間の三大欲求のうち二つを満たした。とてもスッキリしたので午後もがんばれそうだ。
◇ ◇ ◇
「黒羽さんだけが頼りだから。予定通りに──」
スッキリして、クラスの集合場所に戻る道すがら。
野坂と黒羽が二人でいる場面を目撃してしまった。それ以上の感想はなかったので、無視して先を行くのであった。