俺の肯定に、教室がざわざわと震える。
「ははっ……。認めたな? やっぱり! 郷田はやっぱりそういう男なんだよ! 女を金でどうにかなるって思ってやがる最低の男なんだ!」
「その写真、弁当の材料費を渡しているところだな」
「……は?」
何やら喚きそうになっていた野坂を無視して言葉を続けた。
「最近は日葵と羽彩に弁当を作ってもらっているからな。材料費を渡すのは当たり前だろ?」
「へ、あ、ざ、材料費?」
「材料費ってなんだ?」とでも言いたげな顔してんなぁ。そこから説明しなけりゃならないのかよ。
「二人とも俺の健康を気遣って弁当を作ってくれているからな。ご飯とかおかずとか、材料費がかかるだろ。知ってるか? 最近はオリーブオイルもけっこう値段が上がっているんだぜ」
物価高がきついぜ……。エロ漫画の世界なんだからそういう世知辛いところまで現実的にしなくてもいいのによ。
「なーんだ、材料費かぁ」
「郷田くんってちゃんとお弁当の材料費を払ってくれるのね」
「うちの彼氏は気にもしないのにねー」
大半の女子が納得してくれたみたいだ。これで誤解は解けただろうか?
「そ、そんなことを言ったって誤魔化されないぞ! だって俺……日葵に弁当を作ってもらったけど、そんなもん払ったことがないんだ!」
なんとも堂々とした野坂の宣言に、大半の女子が白けた空気になった。男子も何人かは引いている様子だ。
「……は?」
今度は俺がぽかーんである。
別に、野坂が日葵に弁当を作ってもらっていたことに嫉妬したわけじゃない。元々幼馴染だったし、何より以前は恋人関係でもあったのだ。それくらいのイベントをこなしていたって不思議じゃない。
だが日葵の手作り弁当に対して、何も金銭を払っていないことが驚きだった。じゃあ食費は全部白鳥家の負担なのか? そこんとこ野坂の母親はどう考えているんだよ?
「えーっと……野坂?」
「なんだ? 自分の嘘がバレて動揺してんのか? 整合性を考えずにしゃべるからそういうことになるんだよっ」
「いや……お前、日葵が弁当を作ってくれた時は昼食代をどうしていたんだよ?」
「はあ? そんなもん日葵が弁当を作ってんだから、昼食代は浮いたに決まっているだろ」
野坂の答えに俺は絶句した。クラスの女子の沈黙は、俺以上の圧力を放っているように感じるのは気のせいじゃないだろう。
どうしよう、俺と常識が違う……。おそらく俺が何を言ったところで、野坂は聞く耳を持ってはくれないだろう。だってあいつ「俺は間違ってねえ」って顔に書いてあるんだもん。
「ねえ郷田くん、私たちが代わりに言おうか?」
「いや、ありがたくはあるけど迷惑はかけられないって」
クラスの女子は完全に俺の味方をしてくれていた。だが、今の野坂を相手に無関係な人を渦中に飛び込ませるわけにもいかない。
さて、どうしたものかと思考を巡らせた時だった。
「ちょっと……何よこれ?」
教室のドアが激しい音を立てて開いたのだ。現れたのはピンク頭。明らかに怒りを押し殺しているという感じでうつむいている日葵の姿がそこにはあった。
そのまま教室に入ってくる日葵。顔を見せないのが余計に恐ろしい……。
「日葵! よく来てくれたよ!」
野坂は嬉しそうに日葵の方へと駆け寄った。あの状態の彼女によく近づけるなと、逆に感心させられる。
近づいてくる野坂を止めるように、日葵は自分のスマホを突きつけた。そこには俺が日葵に金を渡している場面が映し出されている。さっき野坂が見せてきたものと同じ画像だ。
「見てくれたんだな! 今まで気づけなくてごめんな……。日葵が郷田の言いなりになっていたのも、こうやって金を渡されていたからなんだろ? 俺がいながらこんなことになって……本当に申し訳ないよ」
「本当に申し訳ないと思っているのなら、ここで謝罪してもらえる?」
「……え?」
顔を上げた日葵の目は据わっていた。どう表現したものか……。とにかく、何かやらかしそうな目をしていた。
「クラスのグループラインでこんな画像を送って……、悪意しか感じられないわ。どうせこれがどういうことかわかっていないんでしょうね? わかっているのなら、そんなことを言えないはずだもの」
「ひ、日葵……?」
日葵の切れ長の目がギロリと野坂を睨んだ。傍から目にしただけの俺ですらちょっとビビってしまったほどの眼力である。
「あ……え……?」
それほどの眼力を目の当たりにして、野坂がまともに声を出せるわけがなかった。驚愕からか目を見張り、口をパクパクさせて言葉にならない音を漏らすだけだった。
「……これは私のミスね。純平くんが何か行動を起こすとしても大したものにはならないって決めつけてしまったわ。晃生くん、迷惑をかけてごめんなさい」
日葵は心底申し訳ないとばかりに頭を下げた。
「なっ!? なんで日葵がこんな奴に頭を下げるんだよ!!」
「黙って。それ以上私たちを……晃生くんを陥れるようなことを口にしたら、絶対に許さないから」
日葵のあまりの迫力に、野坂は何も言えなくなった。
「みんな、せっかくだから説明させて。この写真は私が晃生くんに作っているお弁当の材料費を払ってもらっているだけよ」
「そ、それは郷田の嘘なんじゃ──」
反論しようとした野坂を、日葵は視線だけで黙らせた。すでに条件反射みたいになってんな。
「で、でもよ。なんで白鳥さんがわざわざ郷田の弁当を作っているんだ? 白鳥さんは野坂の彼女じゃないか」
男子の一人が率直な疑問を投げかける。日葵は慌てる様子もなく、あっさりと答えた。
「あら、聞いていなかったの? 私はもう純平くんの彼女じゃないわよ。とっくに別れているし、彼も納得済みよ」
疑問を投げかけた男子は「えっ!?」と驚愕を露わにして野坂に目を向けた。奴は気まずそうに顔を逸らすだけだった。
未だに本当のことを言っていなかったんだな……。その男子も野坂の態度でどちらが真実を口にしているのかを理解したのだろう。「今まで嘘ついていたのかよ」と呆れたようにため息をついていた。
「女子はもう全員知っているわよね。どうやら男子は知らない人がまだまだ多いみたいだし、どうして私が純平くんと別れたのか教えてあげましょうか?」
「ちょっ、それはやめてくれ日葵っ!」
「あなたが嘘で塗り固めた結果でしょう? そんなもの、いつかは剥がれるものなのよ。それを今更不利益だからやめてくれと言うのは、それこそ身勝手よ。ただの自業自得じゃない」
日葵は本気だった。マジの目をしていた。これは誰にも止められない。
そして、日葵はクラスメイト全員に語った。自分が野坂といつ別れたのか。そのきっかけとなった初体験の顛末を……。