体育祭が終わって、すぐに後片付けが行われた。
「手を挟まないように注意しろよ。みんな、せーので持ち上げるからなー」
応援席として使ったテントは各クラスで片づけることになっている。実行委員の俺が中心になって指示を出していく。
「せーの……って軽っ!?」
「郷田くんが持ってくれると楽だね」
「だよね。見た目通り力持ちみたい」
体育祭を通じて、クラスの雰囲気が和やかになったと思う。団結力を高めてクラスメイトとの距離を縮める。体育祭にはきっとそういう目的もあるのだろう。
「よいしょっと。俺は入場門の片付けに行ってくるから、みんなはもう着替えに戻っていてもいいぞー」
俺がそう言うと、クラスメイトから「はーい」と気持ちの良い声が返ってきた。声色からは俺に対する恐れは感じない。そのちょっとしたことが嬉しくなる。
「郷田くんってけっこう働き者だよね」
「だね。面倒なことでも率先してやってくれるんだもん。ちょっと見る目変わったなー」
「声が最高だったし。あたし郷田くんの声だけでご飯三杯は食べられるかも」
「「…………」」
とくに女子はきゃいきゃいと嬉しそうにしていた。力仕事が終わって安心したんだろうな。
クラスメイトを見送りながら入場門の方へと向かう。そんな俺の隣に、黒羽が並んだ。
「黒羽も先に戻って良いんだぞ?」
「あれ、ご存じありませんか? 実はあたし、郷田くんと同じ体育祭実行委員なんですよ」
黒羽は冗談めかして笑う。体育祭実行委員になってからというもの、知らなかった彼女の一面を見られるようになった。
「知ってる。それでも手は足りているだろうからな。俺一人が行けば充分だと思うぞ」
「あたしも最後まで実行委員の仕事をまっとうしたいんですよ。郷田くんを見習わせてください」
どうやら楽をしたいという気持ちはないらしい。別に無理に拒絶することではないので「わかった」と頷いておく。
「じゃっ、アタシらもついて行くってことで」
「は?」
背後からの声に振り返ると、羽彩と日葵がついて来ていた。金のサイドテールとピンクのポニーテールが仲良さそうに揺れている。
「お前らは実行委員じゃないだろ。テントは片付けたんだから、先に着替えていて良いんだぞ?」
俺の言葉に、なぜか羽彩は得意げに「フフン」と鼻を鳴らした。
「大丈夫。アタシらボランティア部隊だから」
何が大丈夫なのか。羽彩はそれで充分だとばかりに胸を張る。だから薄い体操着じゃあ身体のラインが隠せないんだってばよ。
「もし人手が足りているのなら、私たちは晃生くんのカッコいい姿を眺めておくわ」
「カッコいい……か?」
ただの荷物運びなんだが。日葵の美的感覚はどうなってんだとツッコみたい。
……まあ、それだけ俺のことが好きってことか。自分でそんなことを考えると恥ずかしいな。
「まあまあ、郷田くん良いじゃないですか。日葵ちゃんの好きにさせましょうよ」
「黒羽は日葵の味方かよ」
「別に良いけどよ」と頭をかく。日葵と羽彩は二人して「やった!」と手を叩いた。
◇ ◇ ◇
後片付けが終われば解散だ。各々部活などの用事がなければ下校して良いことになっている。
日葵たちは女子更衣室で着替えるので一旦別れた。俺は先に教室へと戻る。
もうクラスのみんなは下校したかもしれないが、もし女子が残っていたらどうしようか? 男子は教室で着替えをするから、女子がいると困る。まあその時は適当に男子更衣室を使えばいいか。
そんなことを考えながら教室のドアを開けた。
「「「あっ……」」」
意外なことに教室には大勢のクラスメイトが残っていた。俺の姿を見て、全員固まってしまう。
もしかしたら数人は残っているのかもとは思っていたが……。これ、ほとんど全員じゃないか?
俺が教室に一歩入ると、クラスメイトたちも一歩後ずさった。
あれ? と首をかしげてしまう。この感じは以前の状況とそう変わるものではないのだが、さっきまで一緒に体育祭を楽しんでいた雰囲気とは違いすぎていた。
「ちょっと男子! 日葵ちゃんがそんなことするわけがないってわかるでしょ!」
女子の一人が声を上げる。よく見てみれば、男子と女子のグループで二分されているらしかった。
「そりゃ白鳥さんが優等生だって知ってるよ。でも、だったらこれをどう説明するんだ?」
「そ、それは……」
困惑している様子の男子。彼の疑問に、声を上げた女子も言葉を濁す。
「えっと、これはどういう状況だ?」
俺がクラスの揉め事(?)に首を突っ込むのはどうかとも思ったのだが、日葵の名前を出されては気にせずにはいられなかった。
「く、くくくくく……。クハハハハハハハッ!!」
俺の疑問に答えたのは、耳障りな笑い声だった。
クラスのみんなも驚いたのか、笑い声を上げた奴から距離を取る。そのおかげで、この嫌な空気を作ったであろう奴が判明した。
「どうした野坂? 俺は何かおかしいことでも言ったか?」
「いやー、バレてないと思ってとぼけた顔しやがって。郷田、お前の最低な行為は俺に見抜かれてんだよ」
野坂はニヤニヤしながら俺に近づいてくる。その足取りは無駄に自信に満ち溢れていた。
「クラスのグループからハブられているお前は知らないよな? ついさっき、この写真でみんなに郷田って男の本性を教えてやったんだよ!」
野坂はスマホの画面を俺に突きつけてきた。
「ほう……?」
スマホの画面には俺と日葵が撮影されている。その光景とは、俺が日葵に金を渡している場面であった。
「どうだ! これが証拠だ!!」
野坂がスマホを掲げながら大声で言い放った。決まった、とばかりに恍惚の表情を浮かべていた。
「証拠って、何のだ?」
俺は首をかしげる。いきなり「これが証拠だ!!」と言われても、状況が飲み込めないって。
俺の反応がそんなにも意外だったのか、野坂が一瞬ぽかんとした顔をする。だが、すぐに気を取り直したのか、怒りの態度を見せる。
「この期に及んでとぼけてんじゃねえ! この証拠があってまだ逃げられると思っているなら教えてやるよ。お前の悪事をな!!」
野坂はクラスメイトたちに振り返って、大仰に身振り手振りを加えて説明とやらを始めた。
「郷田は人の女に手を出す奴なんだ! 金の力を使って俺の日葵の心を奪いやがった! これがその証拠だ。加工なんかしていない真実の映像だ。これを信じない奴は、郷田と同じ犯罪者になると思え!」
なるほどな。そこまで聞いて、ようやく野坂の言い分とやらを理解した。
「白鳥さん……。最近郷田と妙に仲良かったよな?」
「確かに。まさか金で買収された関係だったのか?」
「ちょっと男子、何言ってんのよ! 日葵ちゃんが買収なんかされるわけないでしょっ。それに彼女は野坂くんとはもう──」
「郷田ァ、証拠はこれだけじゃないぞ!」
野坂はスマホを操作し、別の写真を見せつけてきた。
今度は俺が羽彩に金を渡している場面が撮影されていた。二人目というのもあってか、教室中がざわりと揺れた。
この状況はまずいな。黙ったままだと事態が変な方向に転がってしまいそうだ。とりあえず何か反論を口にしなければならないだろう。
俺は野坂をじっと見つめる。奴は臆したみたいに身体をビクつかせた。
「ああ。この写真に写っているのは事実だ」
俺は小さく頷いてみせたのであった。