時間を置いて落ち着くためにも、しばらくエリカが俺の家に泊まることになった。
「なんだか私たち……同棲しているカップルみたいだね♪」
朝食を用意しながら、エリカがそんなことを言う。俺もそんな甘酸っぱさを感じていたから、否定もできず頭をかいた。
「後で身の回りのもんだけでも買いに行くか。いつまでも俺の服じゃ困るだろ」
エリカはほとんど身一つで飛び出したようだ。小さい鞄はあるが、泊まるとなれば必要な物が出てくるだろう。
「えー。晃生くんの服がいいなぁ。ずっと着ていたいくらいだよ?」
エリカは着ている俺のTシャツの胸元を引っ張って顔に近づける。洗濯はしているはずだが、くんくんと鼻を動かして匂いを堪能していた。
なんか、見た目だけでぐっとくるな。これが彼Tの破壊力か……っ。あといくらぶかぶかのサイズとはいえ、引っ張れば裾がめくれ上がって肉感的な太ももが露わになるだろうが。下半身が暴走したら責任取ってもらうぞコンチクショー!
「その格好で外に出るわけにはいかないだろ。今日も暑いから、昨日洗濯した服は昼までには乾くだろうしな。昼過ぎには出かけられるだろうよ」
ちょうどバイトをしていて良かった。おかげでエリカに必要な物を買ってやる分の余裕はあるはずだ。
「晃生くん優しいね……。うん、お礼にたくさんサービスしてあげるね♪」
エリカがくっついてくる。サラリとしたセミロングの青髪が俺の肌をくすぐった。
昨晩はたくさん甘やかしたからな。まだ感覚が残っているのか、いつもとは逆に彼女が甘えん坊になっている。
「やれやれ。気にするんじゃねえっての」
たまにはこういうのも良いだろう。俺は穏やかな気持ちで彼女の頭を撫でた。
「サービスサービス♪」
「お、おいっ」
エリカは俺の胸よりも下……、下半身に抱きつく。そして彼女の言う「サービス」を始めてしまった。
……滅茶苦茶スッキリした。
◇ ◇ ◇
「晃生ー。ってエリカさん?」
昼前に羽彩がやって来た。
「やっほー氷室ちゃん。久しぶりだねー」
「本当に久しぶりですねー。元気してました?」
外見はお嬢様とギャルなのに、意外としっくりくる組み合わせだった。
俺の女どもは仲が良いからな。うんうん、女の子が仲良くしているのを眺めているとほっこりするなぁ。
「──じゃなくて! これは一体どういうこと!?」
羽彩がいきなり吼えた。びっくりした俺とは対照的に、エリカは余裕の微笑みを崩さない。
「エリカさん! なんで晃生のTシャツ着ているんですか!? くぅ~……羨ましい!」
地団駄を踏む羽彩。ここアパートの二階なんだからやめようね?
「昨日は泊めてもらったんだよー。晃生くんの匂いに包まれて……幸せだったなぁ」
エリカは恍惚とした表情を浮かべながら、また俺の服の匂いを嗅ぐ。だからそれ洗濯しているんだってば。……俺、匂いが落ちないくらい体臭がきついなんてことないよね?
「晃生! アタシの分は!?」
「いや、俺の服はお前らの部屋着用ってわけじゃないからな?」
「エリカさんばっかずるい! だったら今晃生が着ている服をアタシにちょうだいっ!」
「何の対抗心だよ……。って、オイ! 引っ張るんじゃねえよっ!」
羽彩の登場で一気にドタバタと騒がしくなった。これだからギャルは……。と、見た目不良学生の俺はため息をつくのだった。
◇ ◇ ◇
「はあ、エリカさんの親って面倒ですね」
エリカはなぜ俺のところに来たのか、その理由を羽彩に話した。
一度俺に話したからか、時間が経って落ち着いてきたからか、エリカの様子は穏やかなものだった。事情を話すことを躊躇わなかったし、少しずつ心の整理ができているのだろう。
「そっか……。面倒って思っていいんだよね……」
「ていうか、今時自由に恋愛できないってあり得ないですよ。束縛ばっかする親って、アタシだったら我慢できないです」
自由にさせすぎるとアホの子になっちゃうけどな。羽彩を眺めながらそんな失礼なことを考えた。
「とにかくエリカも、エリカの両親も冷静になる時間が必要だろ。それまではエリカをここに置いてやるつもりだ」
「晃生は面倒見が良いねぇ」
羽彩はニヤニヤしていた。……なんだよその顔は?
「面倒がらずに親身になってくれる。それがどんなに嬉しいか、どんなに頼りになるか、晃生はちゃんとわかってないんだろうなーって思ってさ」
「あん?」
「ふふっ。そういうことを無意識でしてくれるから、私たちは晃生くんに惹かれるのかもね」
「おん?」
羽彩とエリカは仲良さげに「ねー」と声を合わせる。よくわからなかったのは俺だけか? 別に特別なことをしたってわけでもないだろうに。
「そういうことなら晃生をこれでもかと頼ってください。アタシも協力しますし、エリカさんの青春のためにも戦っていきましょう!」
「私の、青春?」
羽彩の言葉にエリカは首をかしげる。
「そうそう、青春ですよ。晃生だって青春を求めたからこんなにも変わったんだし、エリカさんも自分の青春を親から取り上げられるのが嫌だから状況を変えようとしているんですよね?」
「うん。そうかも……」
エリカは考えを整理するみたいに目を閉じた。
「そう……。私は親の言うことを聞くようにしつけられて、人間関係を制限されて、やりたいことを全部我慢させられた。勝手に婚約者まで決められて……、このまま一生我慢する人生になるくらいなら、私は自分の青春を取り戻すために反抗したい」
「それがエリカの本心ってなら、俺は一緒に戦ってやるだけだ」
「アタシも協力しますよ!」
エリカは微笑む。年上の、可愛らしい表情だった。
「晃生くん、氷室ちゃん。二人ともありがとう。悪いけれど、頼らせてもらうね」
そうして、エリカは俺たちの手を取ったのであった。