エリカの服が乾いたので、買い物に出かけることにした。
羽彩が来てくれて良かった。俺じゃあ女の買い物に役に立たないからな。
「エリカさんエリカさん、これ良くないですか?」
「わぁ、すごく可愛いね」
盛り上がっている二人を手持ち無沙汰に眺める。羽彩がいて本当に良かった。流行りのネイルとか全然わからないからな。……そもそも羽彩がいなけりゃこういう店に入っていかなかっただろうが。
「あ、ごめんね晃生くん。せっかく買い物に連れて来てくれたのに関係のないところで時間を使っちゃって」
「気にすんな。エリカとこうやって買い物に出かけるなんてことなかったからな。せっかくだし、お前の興味のあるものを教えてくれよ」
「うん。私も、晃生くんが興味のあるものを知りたいな」
エリカたちとショッピングを楽しむ。自分の買い物だけだと、目的の物だけ買ってさっさと帰るだけだったからな。楽しむ、ということ自体が新鮮だった。
実際に買い物に付き合ってみると、女に必要な日用品が多くて驚かされる。男って生き物は、女に比べて金のかからない生き物らしい。
「晃生は身の回りのものにお金かけてないからねー。高校生でも無駄に高い財布持っている男子はいるよ?」
「財布に興味はねえな。それよりも大事なのは中身だろ?」
「そうだねー。高校生の財布の中身なんてバイトしてても知れてるし。身の丈に合わない物で自慢している人はダサく見えるよ」
今は電子マネーとかあるしな。ごつい財布を持つ必要性をあまり感じない。
「エリカさんの財布は高級感ありますよね。どこで買ったんですか?」
「これは親に買ってもらったものだから……。自分で選んで買った物って、実はあんまりないんだよね」
エリカは表情を曇らせる。今まで親から選択肢を与えられなかった……いや、奪われてきたのだろう。今になってそのことに気づいて思い悩んでいた。
ただ高い物を買い与えれば満足するわけではない。子供はかけてもらった金額で親の愛情の深さを感じているわけではないのだから。
「晃生ー、これ着てみてよ」
「良いねー。すごく似合っているよ。それじゃあ晃生くん、今度はこれを着てほしいな」
女子二人に着せ替え人形にされる俺。こういうのって女子が着て楽しむもんなんじゃないの? そもそも俺のファッションとか求められていないから……。
「いや、俺ばっかりが試着してどうするんだよ。エリカの分を買いに来たんだろうが」
「えー、だってー」
「せっかくのチャンスだもんね」
羽彩とエリカは笑い合う。君らけっこう仲良いね。てかチャンスって何だよ? 普通は逆だろうが。
なんだかんだと、賑やかに時間は過ぎていく。落ち込んでいたエリカの心も、少しは楽になっていれば良いなと思う。
◇ ◇ ◇
「こんなに買ってもらって……本当に良かったの?」
三人で帰路に就いていると、エリカが心配そうに尋ねてきた。
「エリカには世話になっているんだ。俺だってこれくらいの余裕はあるからな。素直に頼ってろ」
日払いのバイトをしておいて本当に良かった。大切な存在を支えるためにも、金はあって困るもんじゃないなと身に染みた。
「いやー、買ってもらった上にこうやって荷物まで持ってくれるんだから、晃生って頼り甲斐があるよねー」
「羽彩、お前は遠慮しろよ」
エリカの買い物に来たってのに、ちゃっかりと欲しい物を手に入れた羽彩だった。まあ、こいつにも世話になっているからな。たまにはいいか。
そんな風に、ほのぼのとアパートに向かって歩いている時だった。
「きゃっ!? 危な……っ。いきなり何?」
急に俺たちの前を塞ぐように黒塗りの車が止まったのだ。大きなブレーキ音に羽彩が驚いてしまう。
威圧感のある高級車だ。乗車しているのはただの一般人ではないだろう。
後部座席が開く。何事かと、俺は二人を庇うようにして前に立った。
「久しぶりだねエリカさん!」
車から降りたのは若い男だった。大学生くらいだろうか? エリカと同年代くらいに見える。
身なりの良い男だ。乗っていた車も明らかに高級だし、どこかの御曹司っぽい雰囲気をかもし出していた。
それに、何より親しげにエリカの名前を呼んでいた。こいつ、もしかして……。
「タケルさん……」
エリカの呟きが聞こえてきた。彼女の知り合いであることは間違いないようだ。
「まさかこんなところでエリカさんと会えるとは思いもしなかったよ。嬉しいな、これも運命なのだろうね。やはり僕たちの間は、絶対に断たれることのない運命の赤い糸で結ばれているんだね!」
「……」
なんだろう……。初対面から失礼かもしれないが、こいつが強烈な奴ってのは伝わってきた。ほら、あのエリカが黙っちゃったし。
「晃生。もしかしてこの人……」
「ああ。俺もそう思っていたところだ」
羽彩もピンときたらしい。頷き合って同じ考えであることを確かめ合う。
一応、タケルさんとやらにとって俺たちは部外者だろうし、まずは事の行く末を見守ることにした。
「あの、私……用事の最中ですので。申し訳ありませんが、これで失礼しますね」
「奇遇だね。僕もちょうど私用で出向いている最中なんだ。やはり僕たちは気が合うようだ」
「そうなんですね。タケルさんもお忙しいようですし、これで失礼します」
「気が合う者同士、もっと一緒にいるべきだと思うんだ。どうだい? これから僕たちの未来について語らおうじゃないか」
「……」
エリカが困っていた。あのエリカが、である。
昨晩のことを除けば、基本ほんわかと余裕のある態度ばかりだっただけに、明らかに困っている様子の彼女は珍しかった。
まあ俺から見ても話が通じていないように感じるし、早すぎるかもしれないが首を突っ込ませてもらおう。
「あの、すんません」
「ん? 君は誰かな?」
初めて気づいたと言わんばかりに不思議そうにされる。今までエリカしか見えていなかったのだろうか? だとしても、ずっとエリカの前に立っていた俺をスルーするって相当だな……。
「俺は郷田晃生っていいます。エリカの……友達です」
当たり前だが、何のフレンドかは言わなかった。俺は空気を読める悪役なんでね。
「ほう……。君が、エリカさんの友達?」
彼は無遠慮に俺を上から下まで見ると、バカにしているかのように鼻で笑った。
「まったく相応しくないね。僕のような優秀な人間にはわかるんだ。君は品位に欠けている。エリカさんの傍にいるべき存在ではないね」
「なっ……。いきなり失礼じゃね? そんなことアンタが決めることじゃ──」
羽彩が堪えきれずに口を挟もうとしたが、それよりも早く奴が言い放った。
「僕は