「僕は西園寺タケル。エリカさんの婚約者さ! だから、僕にはエリカさんの交友関係を管理する義務があるんだよ」
男、西園寺はそんなことを胸を張って堂々とのたまった。
「……」
あまりに堂々とものすごい発言をしたものだから、思わず絶句してしまった。どうしよう、どこからツッコんで良いのかわからない……。
エリカをチラリと見る。彼女は力なく首を横に振った。
エリカの両親だけでも大変だってのに、婚約者までこんな奴なのかよ。束縛が大好きな奴ばかりで笑えねえ……。
「はあ? エリカさんの婚約者だか知らないけどさ、人の交友関係に口出す権利なんてないでしょうが!」
我慢できなかったのだろう。羽彩が西園寺に噛みついた。
「……君は?」
ようやく羽彩の言葉に反応を見せた。
西園寺は冷ややかな目を羽彩に向ける。外見から俺と似たタイプと判断したのだろう。先ほどと同じ嫌な笑いをしていた。
「氷室羽彩。アタシもエリカさんの友達。アンタ、さっきからエリカさんと噛み合っていないのがわかんないわけ? 運命とか大げさなことを口にするくらいなら、ちゃんとエリカさんの言葉を聞いてやりなよ」
「……口の利き方がなっていないお嬢さんだ。僕がしつけてあげようか?」
西園寺の笑みが嗜虐的なものへと変わる。その変化に危機感が働き、手で制して彼女を下がらせる。
「俺たちは高校生ですよ。女子高生に対して今の発言、あまり褒められたものじゃないと思いますけどね」
「高校生だと?」
西園寺はもう一度確認しているとばかりに、俺の頭のてっぺんからつま先まで視線を走らせる。男にじろじろ見られるってのはあまり良い気分じゃないな。
まあ気持ちはわからなくもない。郷田晃生の強面と立派な体格は、制服を着ていなければ高校生には見えないだろう。羽彩もバッチリとメイクしており、大学生くらいに見られてもおかしくはない。
西園寺は俺から羽彩に視線を移す。羽彩をじろじろ見るのは俺がムカつくので、彼女の前に移動して奴の視線を防いだ。
「どちらにしても君たちはエリカさんに相応しくない。清らかな彼女に悪影響を及ぼしたらどうしてくれるんだ? 君たちとエリカさんでは住む世界が違うんだよ。それを弁えたまえ」
「西園寺さんっつったか。エリカのことを清らかって言えるほど、彼女と接してきたのか?」
「は? エリカさんは僕の婚約者だ。僕の婚約者なら清らかで美しくあるのは当然だろう」
「アンタ……本当にぶっ飛んでるぜ」
こいつとは話が噛み合う気がしない。どんなに話し合ったって無意味だと思えてならなかった。
「タケルさん、私はこれから用事があると言いましたよね? タケルさんも用事があるようですし、これで失礼します」
俺の険悪な雰囲気を感じ取ったのだろう。エリカが俺と西園寺の間に入って強引に話を終わらせる。
「待ちたまえエリカさん。こんな連中と一緒にいれば君の品位を下げてしまう」
「その程度で下がるような品位なんていりませんよ」
「……え?」
エリカに言い返されると思っていなかったのか、西園寺が目を丸くする。
「晃生くんも氷室ちゃんも、私を守ろうとしてくれます。本気で私のことを思って行動してくれる人なんて今までいなかった……だから──」
エリカは笑った。いつも通りの余裕のあるほんわかとした笑顔だった。
「私、そんなことを言うタケルさんは嫌いです♪」
言いたいことを言って満足したのか、エリカは一礼してから西園寺に背を向けて歩き始めた。俺と羽彩も彼女の背中に引っ張られるように後を追う。
「え……あ? エ、エリカさん? えっと、何を──」
「タケル坊ちゃま。そろそろ出発しませんと間に合いませんよ」
西園寺は運転手らしきおじさんに止められていた。追いかけてくる心配はなさそうでほっと息をつく。
「はああぁぁぁぁ~~」
しばらく歩いて、エリカは大きな息を吐いた。
「エリカさん大丈夫?」
「うん。ありがとうね氷室ちゃん。言い返してくれて、とっても嬉しかったよ」
笑顔ではあるが疲れているようだった。あんな奴を相手にしたんだ。疲れもするだろう。
「むしろ私の方こそごめんね。こんなことに巻き込んじゃって……」
「ううん全然。巻き込まれたとかも思ってないし」
「羽彩の言う通りだ。そんなこと気にすんな。話を聞いた時からエリカを守るって決めてんだ。婚約者の相手くらいどうってことねえよ」
ただ、俺たちと一緒にいるところを西園寺に見られたのはまずかったな。
このことはエリカの両親にも伝わると考えた方がいいだろう。今すぐにエリカが俺の家に泊まっていることがバレるわけじゃないだろうが、それも時間の問題かもしれない。
「とりあえず晃生んちに早く帰ろうよ。話はそれからってことでさ」
「そうだね。一気に疲れちゃったし、早くゆっくりしたいね」
俺たちは改めて帰路に就いた。考えることは山積みだが、帰宅して腰を落ち着けてからでもいいだろう。
◇ ◇ ◇
玄関を開けると、いきなりピンクが視界に飛び込んできた。
「晃生くぅぅぅぅんっ! 会いたかったよぉ~~」
「うおっ!?」
日葵がタックルするくらいの勢いで抱きついてきた。胸の膨らみが潰れてもお構いなしといった強さでぎゅっとされる。
「わぁ、晃生くんの汗の匂い……。この匂いと感触……久しぶりだよぉ。ねえ、もっと堪能させて?」
抱きつきながら俺の体臭にうっとりする日葵。たった数日会っていなかっただけで変態になっていやがる……。
「……」
「……」
俺の胸や腹に頬ずりしている日葵だったが、一緒に帰ってきた羽彩とエリカに黙って見つめられていることにようやく気づいたのだろう。ピタリと、フリーズしたみたいに動きを止める。
「……こほんっ」
咳払い一つ。日葵は俺から離れると、後ろにいる二人に笑顔を向けた。
「羽彩ちゃんとエリカさんもお帰りなさい。暑かったでしょう? さあ入って入って。部屋を涼しくしておいたからね」
うん、別にいいんだけどね。羽彩とエリカも、生暖かい眼差しを日葵に向けていたのであった。