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54.安心してもらえる存在になりたい

 羽彩はこっちが恐ろしいと思えるほどの集中力で勉強に取り組んだ。言葉一つでこれほど変えてしまうとは、エリカは人のやる気を引き出すのが上手いようだ。


「というか、羽彩ちゃんがそれだけ晃生くんのことが好きなんでしょうね」


 日葵が意味ありげに笑いながら、俺を肘で小突く。コラコラ、やめなさいよ。いじめちゃうぞ?


「うん、よく出来ました。今日はここまでにしようか」

「ありがとうございましたエリカさん。ふわ~、いっぱい勉強したから頭がすかーってする~」


 途中から教師役をやっていたエリカが終了を告げる。羽彩はテーブルに突っ伏してはいるが、とても充実した顔をしていた。


「晃生くんもけっこう勉強ができるんだね。通っている学校を考えるともっと上の順位を狙えるんじゃないかな?」

「そうか? まあエリカがそう言うなら、がんばってみるかな」


 おだてられているとわかっていても嬉しく思ってしまう。エリカの言い方というか、雰囲気がそうさせるのか、もっとがんばろうかなという気にさせてくれた。


「さて、いっぱい勉強した後はスッキリしたいよね♪」


 エリカの言葉に羽彩と日葵が色めき立つ。


「賛成ー。だってアタシ超がんばったし。ストレス解消してスッキリしたーい」

「羽彩ちゃん? その反応、エリカさんが言った意味をわかっていないわね」

「へ? スッキリするって良いことでしょ。遊ぶんじゃないの?」

「まあ、ある意味良いことだけれど……あのね──」


 日葵が羽彩にごにょごにょと小声でスッキリの意図を教える。理解した金髪ギャルは、ぼんっと瞬間湯沸かし器みたいに顔を真っ赤にさせた。


「氷室ちゃんはいつまで経っても初々しいままだね。ちょっと羨ましいかも」


 そう言って俺に抱きつくエリカは、とっくに初々しさをどこかに置いてきてしまったようだった。色気が漂ってきて俺の頭をクラクラさせる。

 女子に囲まれた空間。何も感じなかったと言えば嘘になる。スッキリしたいと言うのなら、俺も望むところだ。


「とりあえず風呂にするか。てか布団も用意しなきゃな」

「晃生くんのベッドでみんな一緒に寝ればいいんじゃないの?」

「無茶言うな。そこまで大きいベッドじゃないだろ」


 二人くらいなら寝られなくもないが、三人だと身を寄せ合ってギリギリだ。四人ともなれば一人は俺の上で寝ることになってしまう。……さすがにあの窮屈さは一度体験すれば充分だ。


「一応客用の布団が押し入れにあるからな。でも四人だと、二人ずつに分かれて寝るしかないか」


 俺がそう口にした瞬間だった。


「二人ずつ……」

「晃生と寝られるのは一人だけ……」


 日葵と羽彩が何やら不穏な気配を放つ。お前ら、なんか目が怖いぞ?


「だったら、晃生くんを一番スッキリさせた人が寝る場所を決められるってことでいいよね?」


 エリカが笑顔でそんな提案をする。その瞬間、ゴングの音が聞こえた気がした。


「それじゃあ晃生くん。まずはお風呂に入ろうか♪」

「いや、順番に入ればいいだろ。うちの風呂は狭いんだからさ」


 エリカに腕を引かれる。早速俺をスッキリさせる気満々だった。


「みんなで一緒に入った方が経済的だよ。女の子に囲まれるのを想像してごらん。とっても気持ち良いよ?」


 エリカに促されて、肌色面積が多い想像をしてしまう。俺は天国の光景を見た。


「……」

「ほら二人とも。晃生くんにアピールしなきゃ。迷っている今がチャンスだよ」


 トリップしかけていると、エリカが何か言っているのが聞こえた。

 エリカに掴まれているのとは逆の腕が柔らかいものに包まれた。まるで今想像しているものが現実になったかのような感触……。

 見れば日葵が俺の腕に抱きついていた。大きな胸がぐにゅりと変形するほどの強い力で押しつけられている。ピンクの感触が俺の脳髄を刺激した。


「晃生くん……。いっぱいして、あげるわよ?」


 何をしてくれるんでしょうね? その答えをわかっていながら、鈍感のフリをせずにはいられなかった。

 両腕を先に取られてしまい、出遅れた羽彩はあわあわと慌てていた。だが意を決したのか、ゆっくりと俺へと近づいてくる。


「晃生……」


 羽彩はおずおずと正面から俺を抱きしめる。


「アタシ……晃生と一緒に、寝たいよ……っ」


 俺の胸に顔を埋めた彼女だったが、上目遣いになって恥ずかしそうにそんなことを言った。


「お、おお……!」


 破壊力は充分。効果は抜群だ。彼女たちのアピールに屈した俺の頭はピンク色に染まっていく。

 頭はピンク色に、そして下半身から湧き出るのは黒い欲望だ。


「……くくく。お前ら全員、覚悟してもらうぜ?」


 悪役面になった俺を見て、三人がぶるりと身体を震わせる。それは恐怖からではなく、これからの時間に期待をしたからであった。



  ◇ ◇ ◇



「晃生くんと二人きりで寝るの、やっぱり気持ち良いなぁ……」


 本気で勝ちにきたエリカは強かった。

 郷田晃生のチートボディがありながら、気を張っていなければ意識を持って行かれるところだった。なんだかエリカの技術、どんどん上達していないか?

 日葵と羽彩は意識を失って、仲良く布団で眠っている。二人もすごかったが、エリカの方が的確に俺の弱点を突いていた。


「エリカのはしたないところ、あの婚約者が見たらどう思うだろうな?」

「今はあの人のことを思い出させないで」


 冗談めかして悪役っぽいことを言うと、ピシャリと止められてしまった。


「ごめんね。私疲れちゃってて……。今は晃生くんだけを感じていたいの」

「いや、俺の方こそ悪かった」


 疲れている原因は先ほどの行為ではないのだろう。最近エリカを悩ませていたことのすべてが、彼女の身も心も消耗させていた。

 エリカを優しく抱きしめる。彼女の身体が強張っていることに気づいて、少しでも甘えさせてやりたいと思った。

 頭を撫でる。指でセミロングの青い髪をすいていく。

 何度もそうしているうちに、エリカの身体の強張りが解けていき、目がとろんとしてきた。


「眠いか?」

「……うん」

「安心して眠ってろ。俺が一緒にいるからな。俺が傍にいる限り、良い夢しか見られねえぞ」

「ありがと……晃生く……ん」


 安らかな寝息が聞こえてくる。柔らかくて温かい存在が、俺に身を委ねてくれていた。


「……ったく。郷田晃生も変わったもんだぜ」


 抱きしめる温かさに安心感を覚えながら、俺も眠りに就いた。


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