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53.頼り甲斐のあるお姉ちゃん

「なんなんですか、その最低な男は!」


 エリカから先ほど西園寺に出会ってしまった話を聞いた日葵は、ダンッ! とテーブルを叩いて怒りを露わにした。


「白鳥ちゃん……」


 自分のことのように怒ってくれた日葵に、エリカは心を打たれたのか声を震わせる。


「エリカさんの親もやばいよねー。さすがにああいう男だって知りながら、娘の婚約者にするって相当だって」


 羽彩も唇を尖らせる。彼女にとってエリカは身内のような存在なのだろう。少しは収まったとはいえ、怒りが鎮火したわけではないようだ。


「エリカは、あの西園寺って男と結婚したくないってことでいいんだよな?」


 今一度確認しておく。一番大事なのはエリカの意思だ。


「うん。勝手に婚約者を決められたこともそうだけど、彼自身のこともどうしても良く思えないの」


 そりゃそうだ。実際に目の当たりにした羽彩はもちろん、話を聞いた日葵も深く頷いていた。


「じゃあ、何とかするしかねえな」


 しかし、問題はその方法だ。

 今回は大人が相手だ。それもエリカの両親と御曹司の婚約者というやりづらい組み合わせでもある。

 力尽くで解決しようとすれば、余計にこじれるだろう。それにエリカ自身、両親を完全に嫌いになり切れてはいない。互いに修復不可能な関係になる結末は避けるべきだ。


「なんだかんだで実の親だもんな……」

「晃生くん?」

「独り言だ。まあ何をするにしても今日はここに泊まるんだろ。俺たちも協力するから、エリカもどうしたいかをゆっくり考えればいい」


 エリカは「ありがとう」と言って微笑む。まだ陰があるが、少しは持ち直してくれているようだった。


「こほんっ。えー、私もエリカさんを元気づけたいし、今日はここに泊まろうと思うわ」


 わざとらしく咳払いをしながら、日葵がそんなことを言った。


「日葵は塾の夏期講習があるんだろ? さすがに悪いって。エリカのことは俺に任せてろよ」

「う~~! 今は頼り甲斐のある晃生くんが憎い!」

「なんでだよっ!?」


 日葵は歯ぎしりでもしそうな感じで睨みつけてくる。なんだろう、睨まれているのに可愛く感じるぞ?


「はいはーい。アタシも今日晃生んちに泊まりたーい! アタシは勉強しないからいいでしょ?」

「アホ。羽彩はちゃんと勉強しろよ」

「う~~! 晃生が憎い~~!!」

「そんなに勉強すんのが嫌なのかよ!」


 アホの羽彩にはチョップを叩き込んでおいた。割と痛かったのか「お、おおおお……っ」と意味のない声を漏らしながら悶絶していた。……悪い、思わず力を入れすぎた。


「そうだ! それなら羽彩ちゃんに勉強を教えてあげるわ。晃生くんの家で勉強会合宿をしましょう!」


 名案を閃いたとばかりに日葵が手を打った。どんだけ俺んちに泊まりたいんだよ。一応優等生だろうに。


「おおっ、それいいじゃん! ねー晃生ー。それならいいでしょ?」


 日葵の案に全力でのっかる羽彩。オイ、上目遣いしてくんじゃねえよ。可愛いだろうがっ!


「まあまあ、いいじゃない晃生くん。私も勉強を見てあげるし、みんなと一緒に勉強会合宿しようよ」

「さすがエリカさん!」

「エリカさんはわかってくれる人だと思ってました!」


 エリカの助け舟に、日葵と羽彩は喜んで彼女を褒め称える。多数決なら完全に俺の負けだった。


「……それに、私も何かしていた方が気が紛れるんだよね」


 さらに、ぽつりと付け足されたエリカの言葉が決め手だった。

 頭をかく。エリカがそう望んでいるんなら、俺に否定する気持ちはない。


「……わかったよ。今日はみんなで泊まればいいだろ」

「「やったーー!!」」


 喜び合う日葵と羽彩を、エリカは微笑ましそうに眺めていた。姉……というか母性すら感じさせる眼差しだった。



  ◇ ◇ ◇



 夕飯は「手料理を振る舞いたい!」と言って日葵が作ってくれた。

 美味しい食事で満腹となり、心にもゆとりが生まれる。何をするにしても、まずは食べることは大切だな。


「う~ん。何これ、わっかんないよ~」

「なんでわからないの? 何度も教えている通り、ここをこうすればいいのよ」

「だから、ひまりんが何言ってるかわかんないんだってば~~……」


 食休みをしてから勉強会が始まった。

 日葵が羽彩の勉強を見てやっているのだが、まったく理解している様子ではない。俺としてはわかりやすいと思うのだが、羽彩は全然ついて行けていなかった。


「氷室ちゃんは勉強が嫌いなの?」

「まあ、見ての通りだな」


 羽彩の勉強風景を眺めながら、エリカは「んー」と何やら考える仕草をする。


「ねえねえ氷室ちゃん」

「な、なんすか~?」


 エリカに声をかけられて振り向く羽彩はげっそりしていた。オイオイ、まだ勉強を始めてから一時間も経ってねえぞ?


「氷室ちゃんの好きなものって何かな?」

「え? そりゃあ晃生ですけど」

「えっと……、趣味とか好物とか、そういうことを聞いたつもりだったんだけど……」

「ふぇっ!? や、えっと、その……っ」


 羽彩はかぁっと顔を赤くさせてしどろもどろになる。なんだか俺まで恥ずかしくなった。


「うん。それなら晃生くんと同じ大学に通っている自分を想像してみようか」

「晃生と、同じ大学?」


 羽彩はうーんと唸りながら頭上を見上げる。言われた通りに想像力を働かせているようだ。


「楽しいキャンパスライフだよー。二人で隣り合って講義に出席したり、サークルではっちゃけたり、将来を語り合いながらイチャイチャしたり……。充実した大学生活を送るの」

「おお……っ」


 エリカは羽彩の耳元で囁く。言葉が沁み込んでいくにつれてか、羽彩の目の輝きが増していった。


「それに受験勉強だって、晃生くんと一緒にできるんだよ? 好きな人と同じ目標に向かって努力する。それはとてもロマンチックじゃないかな」

「晃生! ほら、アタシの隣に来て。一緒に勉強するよ!」


 羽彩が隣をバンバン叩きながら俺を呼ぶ。エリカにのせられて一気にモチベーションが上がったらしい。


「羽彩ちゃんの場合は問題が解けないことよりも、勉強をする意味付けができていないように見えたからね。たとえ勉強が不得意でも、モチベーションがあればいずれ結果も変わってくるよ」


 ニッコリ笑うエリカに、俺は頼り甲斐を感じずにはいられないのであった。

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