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56.実は小悪魔でした

 カチッ。動揺しながらも、車が通ればカウントする。無意識でもちゃんと真面目に仕事をできている自分を褒めてやりたい。


「ふ、ふーん……。うちの学校に二股している奴がいるんだー。モテモテで羨ましいなー」

「今年の新入生に二人の彼女と付き合っている男子がいるそうですよ? とっても優しい人だとうわさになっています。それに三年のあの有名な先輩……この間彼女が増えて五人になったそうです。郷田くんもモテモテですから、もし日葵ちゃんと氷室さんの両方と付き合えば、全学年に複数の彼女持ち男子がいることになりますね」

「……」


 もしかして、郷田晃生って最悪の男ってわけでもなかったのか? 五股している先輩に比べたら、今の俺はまだ可愛いものに思えてくる。

 いや、寝取るのが悪いだけで、愛さえあれば何股しても問題ないのだろう。つまり人の彼女に手を出したのが悪かっただけで、関係を持つのが何人だろうと大丈夫ってことか?

 あーもう! 頭ん中がこんがらがってきた。


「でも、浮気はダメだよな」

「何を言っているんですか。そんなの当たり前じゃないですか」


 当たり前なんだ……。二股と浮気の違いって何ですか?

 なんだか俺の方が常識知らずに思えてきて、何を言っても頓珍漢になってしまう気がする。

 落ち着け。ここはエロ漫画の世界だ。貞操観念が低いことはわかっていたことだ。実際に原作での郷田晃生は、最終的に複数の女をはべらせながら学校生活を送っていたんだし。

 日葵だって、自分から積極的に俺を求めてきた。俺が複数の女と関係を持とうが関係ない。むしろ自分もその一人にしてほしいとまで言っていた。

 これは覚悟完了した日葵が特殊だと思っていたが、実はある程度許容されているってことだったのかもしれない。


「なあ黒羽。一つ質問なんだが」

「何ですか?」

「人の彼女に手を出したら、やっぱりまずいよな」


 言葉に詰まる黒羽。俺は何を聞いてんだか。


「……日葵ちゃんや氷室さんだけじゃなく、他に好きな人がいるということですか?」

「いや、俺の話じゃなくてな。あくまで仮の話だ」

「ふむ……。当人の気持ち次第じゃないですか? 筋を通せば、あとはどちらの愛情を信じられるかだと思いますけど」


 気持ち次第か……。それだけでどうにかなるのなら、それほど楽なことはないだろう。

 俺とエリカが正式に付き合えば解決する話ではないだろうし……。と、考えが逸れてしまったな。今はエリカのことを話していたわけじゃないんだった。


「まあ、郷田くんが何人と付き合っても不思議とは思わないでしょうね」


 黒羽がくすりと笑う。それは俺が最低竿役男臭がするって意味か?


「郷田くんは女性を大切に扱ってくれそうですから。不義理なことはしないと信じられます」

「わかんねえぞ? 見た目通り、女と見ればところかまわず襲っちまうような男かもしれねえんだから」

「あははっ。それならあたしはもうとっくに襲われていますね」

「うっ……」


 簡単に冗談だと見破られてしまう。強面だってのに、あまり怖がられないってのも複雑な気持ちになるな。


「……それとも、郷田くんはあたしなんかじゃダメですか? 襲う価値もないですか? 女として、見られませんか?」

「あん?」


 さっきまでの声のトーンとは違っていて、思わず黒羽に目を向けてしまう。俺を見上げている彼女の瞳は、まるで何かを訴えているかのようだった。

 それがあまりにも魅力的で……。初めて彼女を意識してしまうほどだった。


「いや……黒羽は女としてすごく魅力的だと思う。でも男に軽々しくそんなことを言うな。本当に襲われでもしたら、悲しいだろうが……。それに俺には──」

「ぷっ」


 顔が熱くなりながらも言葉を重ねていたら、急に黒羽が噴き出した。


「あははっ。やっぱり郷田くんって真面目ですよね。真っ直ぐというか純粋というか……すっごく可愛いですよ」

「は?」


 黒羽は腹を抱えて笑っていた。おかしそうにというか、とても嬉しそうだった。


「そんなに真剣に答えなくても良かったのに。日葵ちゃんの好きな人なんですから、あたしは応援しているだけですよ。冗談だったのに、ここまで真面目に対応してくれるとは思ってもみませんでした」

「……」


 いやだって、さっきの声と表情はいけないだろ。あんなの、俺に気があるのかと勘違いする男子の方が多いに決まっている。

 こいつ……。眼鏡で大人しそうな見た目に反して、小悪魔系ってやつなのか? 俺は手玉に取られていたのか?


「あれ、郷田くん怒っちゃいましたか?」

「別に……怒ってねえし」


 黒羽の言っていることの全部を信じてはならない。それが今日の教訓だった。

 くそう、いつか逆襲してやる。悪役らしく、俺は根に持つタイプなのだ。



  ◇ ◇ ◇



 熱中症対策に帽子を被っているとはいえ、それで暑さが消えてなくなるわけではない。


「やべっ、飲み物切らしちまったな」

「あたしも水筒のお茶を全部飲み干してしまいました」


 交通量調査が終わるまでにはまだ時間がある。我慢できないこともないかもしれないが、下手に耐えて熱中症になったら目も当てられない。


「大変だけど俺の分もカウントしていてくれ。急いで飲み物を買ってくる。黒羽は何がいいか?」

「じゃあスポーツドリンクをお願いします。思った以上に汗をかいてしまいましたので」


 急いで近くの自販機へと向かう。暑さのせいで、ただの自販機がオアシスに見えた。


「「あ」」


 自販機に小銭を入れようとしたら、ちょうど同じように金を入れようとしていた女性と手がぶつかった。


「すんません。急いでいたもんだから気づかなくて」

「いや、こちらこそ済まない。まったく周りを見ていなかった」


 互いに頭を下げる。


「お先にどうぞ」

「急いでいるのだろう? 君が先だ」

「でも」

「でももへちまもない。私が良いと言っているのだ」


 有無を言わせない口調。でもそれは傲慢な態度ではなくて、むしろカラッと爽やかな気持ち良さがあった。

 そこで気づいた。目の前の彼女が原作の登場人物であることに。

 紫髪のショートヘア。凛々しい顔が、自信に満ち溢れた明るい表情を見せていた。

 当然のように巨乳だ。つまり、彼女もヒロインの一人である。

 音無夏樹。三年の生徒会長で、原作では郷田晃生に寝取られる運命にあった娘だ。

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