黒服にサングラス。大柄な身体という点だけなら郷田晃生とタメを張る。
このいかつい雰囲気だけで、大抵の奴ならビビッてしまうだろう。
「ハーッハッハッハッ! 僕に逆らうとどうなるか、その身で思い知るがいい!」
頼りになる黒服が味方だからだろう。西園寺は勝利を確信しているのか高笑いをしていた。奴には俺がコテンパンにされた姿がすでに見えているのかもしれない。
ビビらせるだけならまだいいだろう。だが、本当にけしかけてくるとなれば、もう言い逃れはできない。
「いいんすか? 高校生相手に暴力で黙らせようとする。そんなこと、世間の人が知ったら大変なことになるんじゃないっすかね?」
「はあ? 何を言っているんだ。君のような高校生がいるわけがないだろう」
「……」
うん、そこだけは同意。郷田晃生みたいな高校生がいてたまるかとは思う。
でもこれが現実で、俺もまともに送れなかった青春ってやつを目指しているんだ。見た目はどうあれ、俺……郷田晃生は高校生の男子だ。
「フンッ。命乞いなら聞いてやらんでもないぞ。土下座して『西園寺タケル様に逆らって申し訳ありませんでした』と言えば許すことを考えてやってもいい」
「……」
いちいち言葉のインパクトがあるせいで、西園寺がしゃべる度に黙り込んでしまう。もう何を言えばいいものやら……。つーか命乞いって……もしかして、俺を殺すまで痛めつけるつもりなのか?
「まあ土下座したって許してはやらないよ。君みたいな野蛮な男が僕に逆らった。それは万死に値する!」
西園寺が笑う。爽やかさがひとかけらもない、ニチャーとした粘っこい笑みだった。
「格の違いを教えてやる。さあ、懲らしめてやれ!」
「はい、坊ちゃん」
西園寺にけしかけられて、黒服が初めて口を開く。渋い声だなぁオイ。強そうじゃねえか。
命令に従順な黒服が、俺に何を言うでもなくいきなり踏み込んでくる。でかい身体の割に速い。あっという間に俺の懐に潜り込んできた。
格闘技か何かの経験者なのだろう。郷田晃生の直感がそう告げていた。
「ふっ」
浅く息を吐きながら、黒服は鋭い拳を放ってきた。
重そうなパンチだ。腰を入れて、しっかり体重がのっている。
「うわぁー!」
俺はそのパンチを顔面で受けた。
ねじ切れんばかりの勢いで顔が横に向く。後ろで見守っている日葵と羽彩が大きく目を見開いたのが見えた。
「晃生くん!」
「あき……っ!?」
俺が殴られたのを見て二人が息を呑むのがわかった。やられた姿なんか見せたりして悪いと思う。
「ふっ」
黒服がさらに追撃してくる。今度は腹だ。拳が腹に突き刺さり、身体がくの字に折れる。
「ぐわぁー!」
「ハーッハッハッハッ! なんだよ、見た目だけで大したことがないじゃないか! もっとだ。もっと僕の力を思い知らせてやれ!」
西園寺の気分は最高潮。俺がやられたところを見てご満悦のようだった。
僕の力って……。お前は離れたところから騒いでいるだけじゃねえか。俺は黒服に殴られながらぼんやり思った。
「も、もうやめてよ! 晃生が……晃生が死んじゃうでしょ!!」
羽彩が涙ながらに叫ぶ。だが、それは西園寺の笑みを深くするだけだった。
「嫌だね。僕に逆らおうだなんて、そんな気を絶対に起こさせないようにしてやる。そこまで思い知らせないと、この粛清は終わらないよ」
「そ、そんな……っ」
羽彩が目に涙を溜めながらぐっと拳を握る。こんな顔をさせてしまうとは、ちょっとやられすぎただろうか?
「ふっ」
「……そろそろいいか」
「何!?」
黒服が驚愕する。放たれた拳を、俺が掴んだからだ。
握力を込める。するとミシミシと嫌な音が聞こえてきた。
「ぐわああああっ!?」
痛みで野太い声を上げる黒服。手を離してやると、痛そうに手を摩っていた。人間臭い行動にほっこりする。
「何をやっているんだ! 油断するんじゃない!」
「西園寺さんよ。こういうことはあんまり堂々とするもんじゃねえぜ?」
「はあ? 君も少し反撃できたくらいで調子に乗るなよ。オイ、相手はボロボロだ。さっさとやってしまえ!」
「は、はい坊ちゃんっ」
周りから見れば一方的に殴られていたように見えていただろう。
正当防衛には充分すぎるほどだ。ここまでやられたら、多少の過剰防衛は許されるだろう。
黒服が迫る。パンチ一つを美しいフォームで放ってくる。長年格闘技をやっていて、確かに強いのだろう。
「どりゃあっ!」
「ぐほっ!?」
カウンターの腹パンで黒服は沈んだ。顔はやめておいてやった。サングラスが可哀そうだからな。
黒服は悶絶して動かない。一発で立てなくなってしまったようだ。これは黒服の腹が弱かったのではない。郷田晃生が強すぎたのだ。
「は……え? ど、どうしたんだ? なぜ立たない……?」
西園寺は状況を飲み込めていないようだった。そんな奴に向かって、ゆっくりと歩み寄る。
足を進めながら周囲を警戒する。気配は感じない。どうやら黒服は今倒した一人だけだったようだ。
「な、なんで!? あんなに殴られて……ボロボロだったはずじゃないか!!」
「そうだなー。たくさん殴られたからなー。これは治療費を出してもらわないといけないなー」
棒読みのような言葉を口にしながら西園寺に近づく。奴は脚を震わせながら後退る。
黒服の攻撃のダメージはほとんどない。郷田晃生の格闘センスがパンチの威力を殺していたからだ。某ボクシング漫画で読んだ首ひねりでダメージを殺すってやつ、本当にできるもんなんだな。
ちなみに、郷田晃生に格闘技経験はまったくない。あるとすればケンカの経験だけだ。まさに才能の無駄遣いである。
「どうなんだ西園寺さんよ? 高校生に暴力を振るった責任、取ってくれるんだろうな?」
「ヒイイイイィィィィィィーーッ!!」
西園寺は腰が抜けたのか尻もちをついてしまった。オイオイ、そんなにビビるなよ。ちょっと顔を近づけて凄んでみただけじゃないか。
「晃生ーーっ!!」
「お?」
羽彩が涙ながらに抱きついてきた。それから全身を触られる。
「大丈夫なの? 殴られたところは痛くないの? は、早く治療しないと……晃生~」
「俺は大丈夫だ。心配してくれてありがとうな」
羽彩の頭をポンポンと撫でる。すると本格的に泣かれてしまった。いや、まだ西園寺との話は終わってないんですけどね?
「エリカさんっ!」
俺が羽彩をよしよしして慰めていると、西園寺が大声を出す。奴はさっきまでの怯えた表情を引っ込めて、希望の光を見つけたと言わんばかりに手を伸ばしていた。
「タケルさん。大変なことをしてしまいましたね」
振り返れば、隠れていたはずのエリカが姿を現していた。