「こ、ここが郷田くんのお部屋になります……っ」
風呂を沸かしている間に、俺が寝泊まりする部屋を黒羽に案内してもらった。
物置ですらなかったのだろう。六畳一間に布団だけが敷かれている。
「へぇー、和室なんだな」
「よよよ、洋室の方が良かったですか!?」
「いや違うって。なんか新鮮で嬉しいなと思ってな」
何気に転生して初めての畳の感触。和室って安らげる感じがしていいよな。
部屋の隅っこにボストンバッグを置く。掃除が行き届いているのだろう。ホコリが舞うことはなかった。
「綺麗だな」
「へあっ!?」
「どうしたんだ黒羽?」
「い、いえ……なんでもありませんよ?」
黒羽はしきりに髪を触っていて落ち着きがない。
やはり男と一つ屋根の下という状況に慣れないのだろう。黒羽の緊張をほぐすにはどうすればいいんだろうか? できればいつも通りの黒羽に戻ってほしい。
「あの……ば、晩御飯食べますよね?」
「え?」
しまった。晩飯くらい食ってくれば良かったな。バタバタしていたもんだからすっかり忘れていた。
腹の虫も今思い出しましたと言わんばかりにぐうと鳴る。黒羽はくすりと笑った。
「もうほとんど用意はできていますので。郷田くんがお風呂から出てからご飯にしましょう」
「何から何まで悪いな」
「ひ、日葵ちゃんのお願いですし、郷田くんのお世話はきっちり……隅々までさせていただくつもりですからっ」
黒羽は気合に満ちていた。彼女にとって、それだけ親友の頼みが大事なんだろう。女の友情って強いんだな。
だったら、あまり遠慮するのはかえって黒羽に気を遣わせてしまうかもしれない。
「そうか、それならお言葉に甘えさせてもらうぜ。ありがとうな黒羽」
「お任せくださいっ!」
黒羽はふんすっと鼻から息を吐く。できるだけ迷惑をかけないようにと思っていたが、少し世話になるくらいが彼女にとってちょうど良いのかもしれなかった。
◇ ◇ ◇
他人の家の風呂って落ち着かないよな。同級生の女子が使っている風呂と思うとなおさら……。
なーんて思うのは前世の感覚。郷田晃生のメンタルは緊張とは無縁だった。もっと思春期男子っぽい反応をすれば可愛げがあるのに……ないか。
「ふぃ~」
身体を洗って湯船に浸かる。一日の疲れが溶けていくかのようで、思わず声が漏れた。
一軒家だけあって、俺が住んでいるアパートの風呂よりも広い。郷田晃生のでかい図体でも、足を伸ばせるのだから感動ものだった。
「これだけ広けりゃ四人で入っても充分……」
おっと、いかんいかん。こんなところで何ピンクな妄想をしようとしてんだ。
昨晩あれだけスッキリさせてもらったのだ。まだ下半身に余裕があるはずだとは思うのだが、ちょっとだけムズムズする感覚があった。
「落ち着け郷田晃生。同級生女子の家の風呂に興奮するとか中学生男子レベルだぞ」
思春期っぽい反応をする方が可愛げがあるとは思ったけどさ。だからって世話になる女子の前で臨戦態勢をとるわけにはいかないだろうが。心の奥底から「興奮してんのはテメーだろうが!」とか響いてきた気がしたが、きっと気のせいだろう。
「あの、ご、郷田くん……」
「あん?」
脱衣所から黒羽が声をかけてきた。声をかけられるまで脱衣所に入ってきたのにも気づかなかったな。
すりガラスのドア一枚を挟んで、同級生女子に裸をさらしている。まあドア一枚挟まなくてもさらけ出している経験があるので動揺はなかった。
「そそそ、その……」
黒羽から声をかけてきたってのに、なかなか用件を口にしない。
「どうした? 背中でも流しに来てくれたのか?」
笑いながら冗談を言ってみるが、黒羽は返事してくれなかった。代わりにゴッ! と何かをぶつけたような音がした。
「おい大丈夫か!?」
「だいじょぶっ! だ、大丈夫ですから……」
なんか声色が大丈夫そうに聞こえないんですけど? 呻いているようにも聞こえるし……。
「あ、あの、郷田くんがお望みでしたら……あたしっ、お背中流しますよ!」
「悪い。ただの冗談だ」
「……っ!」
再びゴッ! と硬いものをぶつけた音が響いた。心配なので確認したいところではあるが、裸のまま黒羽の前に出るわけにもいかない。
「本当に大丈夫なのか? さっきから何かぶつけたみたいな音が聞こえるんだけど」
「だ、大丈夫です……っ。本当に……き、気にしないで……お願いですからっ」
その言い方は大丈夫に聞こえないって。心配でそわそわしてしまう。
「あの、郷田くんは嫌いな食べ物とか……アレルギーとかはありませんか?」
どうやら食事の支度をしている最中に気になって尋ねに来てくれたらしい。
黒羽はそういうところまで気遣いしてくれる、思いやりのある娘だ。そんな良い子が友達になってくれて本当に嬉しい。
「好き嫌いはないぞ。アレルギーもまったくないから、なんでも食べるぜ」
すりガラスの向こう側で頷く気配がした。
「わかりました。ゆっくりしているところをお邪魔してごめんなさい」
黒羽の気配が遠ざかっていく。俺はふぅと息をついた。
バシャバシャと湯を顔にかける。別に緊張していなかったつもりなのだが、なぜか下半身はそうでもなかったらしい。風呂から上がるのは、少し時間をかけることになってしまった。
◇ ◇ ◇
晩飯をご馳走になって、早々に寝させてもらうことにする。
今日は長い一日だった。いろんなことがあって疲れた……という言い訳をして部屋に引っ込んだ。
「黒羽には本当に世話になって……悪かったな」
食事中も終始ぎこちなかった黒羽。普段通りに戻ってほしいと思って話題を振ってみたが、余計に彼女を緊張させてしまう結果になった。
こればかりは仕方がないのだろう。いくら友達とはいえ、こんな凶悪面で大柄な男が家にいる。しかも二人きりの状況だ。大丈夫だと言い聞かせても、女としての危機感が、黒羽を緊張させてしまうのは当然だった。
ならば俺にできることがあるとすれば、さっさと寝てしまうことだけしか、黒羽を安心させる方法はないように思えた。
「まあ疲れたのは本当のことだしな。ふあ~……」
あくびをする。心地の良い疲労って奴だ。今夜はよく眠れるだろう。
電気を消して布団に寝転がる。枕に頭を預けた時だった。
カサリと。何か音が聞こえた気がした。
「ん? 枕の下に何か敷いてたか?」
枕の下に手を突っ込んでみる。探り当てたのは、何かの小さな個包装だった。
「……は?」
それは見慣れた物であり、ここにあるのは不自然に思える物であった。
「なんで、こんなところにゴムがあるんだよ?」