幼い頃に郷田くんに救われた私は、なんとか彼と接点を持とうとしていた。
引っ込み思案で気弱な女の子。そんな私が郷田くんに話しかけるのは勇気が必要なことだった。
うんとおめかしをして勇気を奮い立たせた。郷田くんは覚えていないだろうけれど、初めて私から話しかけて、彼は「可愛い」と言ってくれたのだ。
「あの頃、初めて私が郷田くんに話しかけた時と同じ格好なら、勇気を出して彼との距離を縮められると思っていたのに……思ってたのにっ」
「なんでわざわざ着替えていたのかと思っていたけれど、そういう思いがあったんだね。そして見事に空回ってしまったと……」
私はエリカお姉ちゃんの胸に抱かれながら泣いた。頭を撫でられて余計に涙が溢れてくる。
ここはホテルの一室。私と郷田くんを二人きりにするために、エリカお姉ちゃんが気を遣って泊まってくれている部屋だ。
「まったく、日葵ちゃんたちを説得するのは大変だったんだからね。夏樹ちゃんがどうしてもって言うから二人きりにするためにホテルまで取ったのにー」
「ご、ごめんなさい……」
「冗談よ。いつもの晃生くんなら夏樹ちゃんを泣かせるようなことしないと思うのだけれど……。何があったか聞かせてもらえる?」
「えっと……」
自分の恥部を話すのは恥ずかしい。だけど相手はエリカお姉ちゃんだ。幼い頃の私がどんな性格だったかを知っていて、久しぶりに再会したばかりなのに協力してくれている。
何よりエリカお姉ちゃんは郷田くんの理解者でもある。彼女に話すことで打開策を思いつくかもしれない。
少し迷ったものだが、覚悟を決めて私と郷田くんの間に何があったのかを包み隠さず話すことにした。
「そう……晃生くんにそんな過去があったんだね。閉ざしていた記憶を思い出して、事件の始まりである夏樹ちゃんを恨んでいる……。夏樹ちゃんはそう思っているんだね」
「うん……」
こくんと頷く。小さい頃に面倒を見てもらったお姉ちゃんだからか、我ながら素直な態度でいられた。
「それでも一緒にいたくて……、郷田くんのものになりたくて……彼に何も言わずに婚約者にしてもらって……。きっと図々しい女だって思われてる……うぅ」
「うんうん、婚約者になったことだって晃生くんのためだったんだよね。よしよし、泣いてもいいからゆっくり、ね?」
抱きしめられながら背中を摩られて、頭を撫でられて。安心感を与えられた私はぽつぽつと語る。
郷田くんの助けになるために今の地位を得たこと。
高校で郷田くんに再会したけれど、あの時のことどころか私の存在すら忘れていたこと。
それでも不良になった郷田くんが悪事を行って未来を潰してしまわないように、陰から手を回していたこと。
私を救ってくれたヒーローを、私自身が陰のヒーローとしてサポートする。もし気づかれれば郷田くんは勝手なことをした私を許さないかもしれない。だからこそ陰のヒーローに徹していたのだ。
時間をかけて話していたら涙も乾いてきた。
「つまり、夏樹ちゃんはそれだけ晃生くんが大好きなんだね」
私の話を聞いて、エリカお姉ちゃんは笑いながら一言でまとめた。
そうやって面と向かって言われると顔が熱くなる。今まで心の内を吐き出してこなかったからだろうか? 妙に胸がすっとした。
「そう……私は、郷田くんが大好きなんだ」
「うんうん」
エリカお姉ちゃんが笑顔で頷いてくれる。この気持ちは間違っていない。そんな風に後押しされたように感じた。
「初めて出会った頃から。私を助けてくれた時から大好き。この気持ちは正真正銘彼への恋心だ。私は、彼に服従したくて堪らないんだ」
「うんうん。……うん?」
時間の長さが思いの強さならば、私の恋心は郷田くんを好いている女子の誰にも負けないだろう。
郷田くんのおかげでビクビクしながら過ごす日々はなくなった。母を失った悲しみも、彼に尽くしたいという強い気持ちへと変えられた。
だからこそ、私は郷田くんと一つになりたい。そうすることで初めて自分の存在意義を示すことができると思うから。
「ありがとうエリカお姉ちゃん。おかげでもう一度郷田くんに求めてもらえるようにがんばれるよ」
「う、うん。良かったね……ねえ、さっき服従って言わなかった?」
「よし、そうと決まれば作戦会議をしよう。佐々木とさなえくんを呼んで郷田くんにどうやってアプローチするか考えなきゃならないね」
思い立ったらすぐ行動。佐々木とさなえくんにスマホでメッセージを送る。佐々木は即返信があったが、さなえくんは既読もつかない。遅い時間帯なのですでに就寝しているのだろう。
たった一回拒絶されたからなんだというのだ。私が郷田くんを傷つけた。それを自覚してから、あれくらいの対応は想像していたはずだ。
……許されなくてもいい。ただ、彼の行き場のない感情をこの身で受け止めたい。ずっとそう願っていたはずじゃないか。
「これからの行動が重要だ。エリカお姉ちゃんはもちろん協力してくれるよね? 期待しているよ。では朝早いからこれで失礼させてもらうよ」
「な、夏樹ちゃん? あ、あのね──って行っちゃった……。嵐みたいだったなぁ。ふふっ、元気になったのなら良かったよ」
エリカお姉ちゃんが宿泊しているホテルを後にして、私は郷田くんをどうやって慰めるべきかと頭を巡らせる。
「郷田くんにとって私は嫌な記憶を思い出させる存在かもしれないけれど……それでも、今度こそ私が郷田くんを救いたいんだ」
その役目だけは誰にも譲れない。私は愛しいヒーローのために行動を開始するのであった。