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115.過ちは重ねるもの

 思い出したくもない、隠してしまいたい過去の過ち。それを俺はさなえさんに話した。


「そう……つらかったわね……」


 話したところで問題が解決するわけではない。過去を変えられるわけでもない。

 それでもずっと蓋をしていたわだかまりを吐き出して、優しく抱きしめられながら頭を撫でられて、ものすごく心が楽になった。


「さなえさんは俺を責めないんですか?」


 母親として思うところはないのか。どうしても気になって聞かずにはいられなかった。


「責める理由なんてないもの。あなたたちは悪くないわ。晃生くんも、あなたのお母さんもね」

「……」


 幼い頃の思い出がフラッシュバックする。記憶の蓋を開けてしまった以上、もう忘れることはできないだろう。


「きっと晃生くんのお母さんは自分を責めているわ。息子を罪の意識に苛ませてしまった。つらかったでしょうから自分を抑えられなかったのでしょうけど、後悔してもし切れないと思うわ」

「どうして、後悔しているって言えるんですか?」


 ツンツンに逆立った髪が痛いだろうに、さなえさんは優しい手つきで頭を撫で続けてくれる。


「私も母親だもの。どんな親でも子供の存在は特別なものよ」


 そうだろうか? ……そうかもしれない。彼女の胸に抱かれているとそう思えてくる。

 俺の女たちとは違った温もりに包まれる。とても懐かしくて、もう記憶が定かではないほどの昔。こんな風に抱きしめられていた気がする。


「あったけえなぁ……」


 俺の呟きはさなえさんの胸に消えていった。息が当たってくすぐったかったのか甘い声が頭の上から降ってくる。


「……」


 こうやって静かに過ごしていると安心感が胸に広がる。ささくれた気持ちが少しずつ元通りになっていく。

 まあなんだ、元気になるのは良いんだけど、元が元気すぎる身体なわけで……。


「あ、晃生くん……その、当たっている気がするのだけど……」


 心とともに下半身まで元気になった。落ち込んでいた分を取り戻すかのように、それはもう元気に立ち上がっていた。

 抱き合っているので気づかれないなんて都合の良いことにはならず、さなえさんは顔を赤らめて動揺を示すみたいに瞳を揺らしていた。

 この状況をどうする? どう見たってさなえさんに抱きしめられて反応したようにしか思われないだろう。……いや、間違ってはないんだけども。


「さなえさん……」

「え、えっと……」

「アルコール……俺にうつったみたいです」

「え、ええ? そんな風邪でもあるまいし──」


 顔を近づける。さなえさんは俺の言いたいことを理解したのか押し黙った。

 迷いを見せる彼女を、今度は俺が強く抱きしめた。零れた吐息は本気で嫌がっているものではなかった。


「あ、晃生くん。ダメッ……。こんなこと、いけないわ……」

「今夜だけですから……。朝になったらさなえさんが忘れてくれるのなら、俺も忘れます……」

「わ、私は梨乃の母親なのに……っ。あなたとだって歳の差が……」

「関係ないですよ。さなえさんに満足してもらえるように、優しく気持ちよくします」

「あっ……」


 さなえさんには感謝している。彼女だからこそ、母親としての意見を素直に聞けた。

 それでも俺とさなえさんは本当の親子ではない。俺の女の母親だろうが、この場では男と女でしかないのだ。

 こんな状況で郷田晃生が……この俺が止まるはずがなかった。

 小柄ながらも熟れた感触を味わう。こうして立ち直った俺はスッキリとした夜を過ごしたのであった。



  ◇ ◇ ◇



「ま、まさか晃生くんとこんなことになってしまうなんて……。梨乃に……夏樹様にもどう説明すればいいのよ……」


 朝。スッキリ目覚めると半裸のさなえさんが頭を抱えていた。

 まだ酒の影響が残っているのか? 彼女を抱きしめて目覚めのキスをした。


「んっ……。って、何をするのよっ!」


 唇を重ねて目をとろけさせていたさなえさんが声を荒らげる。あんなに俺を受け入れていたってのに、いきなり突き飛ばさなくてもいいのによ。体格差があるせいでまったく突き飛ばせていないけどな。


「何っておはようのチューだけど」

「晃生くんってそういうの大事にする人なの? ……じゃなくて! 私にキ、キスするなんてどういうつもりよ!」


 どういうつもりと言われてもな。スッキリさせてもらった関係だ。愛しさが溢れてキスするくらい当たり前だろう。むしろ今更キスくらいでぎゃあぎゃあ言わないでほしい。

 ……それとも朝になったから俺との関係はもう終わりなのか? ああいうのは方便じゃないのかよ。


「そ、そんな落ち込まなくてもいいじゃない……。うぅ……なんで私が罪悪感を抱かなきゃいけないのよ……」

「だって、さなえさんが冷たいんだもん」

「だもんって……可愛い子ぶらないの!」


 ダメか。まあこんな悪役顔の俺が甘えたって可愛いわけないもんな。


「落ち込まないでよ。も、もうっ。仕方がないんだから……」


 さなえさんが抱きしめてくれる。胸の感触を直接感じて、俺は元気を取り戻した。


「ちょっ、あ、晃生くん……これ以上はいけないわ……っ」

「さなえさんが素敵な女性だからいけないんですよ」

「褒めたって……んっ」


 さなえさんはけっこう流されやすい人でした。親子揃って性欲が強いのか、俺じゃなかったらこうも簡単に満足させられなかっただろう。

 ……でも、名残惜しいがそろそろ終わりにしないとな。


「あの人よりもたくましい……。んっ……こんなことをしてはい、いけない関係なのにぃ……♡」


 満足しているさなえさんは気づいていない様子だが、階段を下りる足音が聞こえていた。

 母娘の朝のあいさつまであと五秒。四、三、二、一……。


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