たこ焼きにフランクフルト。焼きそばにイカ焼きにかき氷とりんご飴……。
祭りの屋台の食べ物はなんでこう食欲をそそるのだろうか。チープな味だってのに、美味そうな匂いと賑やかな空気が俺の胃袋を刺激する。
「フランクフルト美味しいー♪」
「エリカの口に合ったのなら良かったぜ」
屋台の食べ物なんて元お嬢様がお気に召すかと心配だったが杞憂であったらしい。エリカは表情に出るくらい美味そうにフランクフルトを頬張っていた。
「でも、口にしてみると案外細いね。んっ……んふっ……あむっ……」
「……」
なんでフランクフルトを食べているだけでエロいんだよ。エリカの艶めかしい唇の動きを眺めているだけで、自然と前屈みになってしまう。
このままエリカを眺め続けていたら、身体が勝手に動いて彼女を茂みの向こうへと連れて行ってしまいそうだ。さすがに自重しよう。ここは子連れの家族だっているんだぞ。
「おー! 射的あるじゃん。ねえねえ晃生ー、やろうよー」
「おう、射的楽しそうだな。超楽しそうだ。やるしかないぜ」
羽彩に腕を引っ張られる。今は滅茶苦茶ありがたいので素直について行く。
「射的かぁ……。私、得意なのよね」
「おっ、ひまりん経験者?」
「小さい頃に純平くんに射的の景品を取ってとよくねだられていたから……。彼の機嫌が悪くなると家族ぐるみで空気が悪くなっていたから……私、がんばったのよ」
「そ、そっか……大変だったんだね……」
日葵は何とも言えない瞳で遠くを見つめていた。そういや幼馴染に振り回されて苦労していたんだったか。野坂の奴……今頃何してんだかな。
「今日は日葵の好きなようにやりゃあいいんだよ。今は景品がどうとか気にせず楽しもうぜ」
「……そうね。晃生くんの言う通りよね。ふふふ、私の実力、見せてあげるわ」
「ひまりんやる気だねー。じゃあ勝負しようよー。一番良い景品取った人が優勝ね」
景品を気にせず楽しもうって言ったばっかりだってのに、羽彩は勝負を持ちかけてきた。
「面白いわね。受けて立つわ!」
しかし、思いのほか日葵はやる気になっていた。楽しめるんなら良いんだけどよ。
食べることに忙しいエリカと、勝負事に興味がない梨乃とさなえは観戦するようだ。
「んぐんぐっ」
「アキくんがんばってください!」
「みんなー、がんばってー」
梨乃とさなえの親子は仲良く応援してくれる。エリカは……口の中に食べ物を詰め込んでいて声援を送れる状態じゃないなぁオイ。
「まずは私ね」
自信満々な日葵が銃を持つ。コルクの弾を込めて、前のめりになって標的に狙いを絞った。
「……」
「晃生ー……ひまりんのお尻エロいなーって思ったでしょ」
「……思ってないぞ」
「じゃあ見つめんなしっ」
浴衣でくっきりとした尻のライン。もしかして下着を穿いてないんじゃ……? とか、断じて思っていないぞ。
「ふっ」
日葵は軽く息を吐き、引き金を引いた。
「おおっ」
見事に命中させて、小さい駄菓子を倒した。
小さい的を正確に打ち抜くとは。セクシーな女スナイパーを想像した。
「……アリだな」
「何が?」
「なんでもないぞ。羽彩、俺にツッコんでないで日葵の雄姿を見てやれよ」
日葵は全弾を駄菓子に命中させた。いきなりパーフェクトとは……やるな。
「いきなし全部命中させたらアタシらがやりづらいでしょ! ひまりん空気読んでよ!」
「フフン。勝負と言い出したのは羽彩ちゃんよ。悔しかったら私よりも大きい景品を取ることね」
日葵は得意げに鼻を鳴らす。悔しそうにしている羽彩を眺めて何とも楽しそうだ。
「むぅ~……」
羽彩は膨れっ面になりながらも銃を受け取った。
「大きいもんを倒せたらいいんでしょっ」
「ええ。一つでも私よりも大きい景品を倒せたら負けを認めてあげるわ」
「言ったな~。吠え面かかせてやる!」
吠え面って最近聞かねえな。逆に羽彩が吠え面かかされるフラグにしか思えない。
羽彩が前のめりになって構える。こいつも尻のラインが……って、見つめている場合じゃねえか。
「おっちゃん、俺にもコルクガン一丁くれ」
「あいよ」
射的屋のおっちゃんから銃を受け取る。その間に羽彩は標的に向かって何発か弾を放っていたようだが、景品にかすりもしていなかった。
「な、なんでー? 全然当たんないんだけど」
「羽彩、どこ狙ってたんだ?」
「え? あの辺?」
羽彩が指差す……というかスペースを指し示すかのように手を動かしていた。
「大きい景品が集中している段か……。狙うなら一個にしろよ」
「えぇー? テキトーにどっか当たったら得じゃね?」
「当たってねえだろうが」
何が得なんだよ。この金髪ギャルの考え方はどうなってんだか。
「じゃああれだ。あのクマのぬいぐるみにしたらどうだ? 大きいし、狙いやすいだろ」
「おっ、確かにあれならおっきいもんね。ひまりんも負けを認めざるを得ないぜ」
羽彩はニヤリと笑って、クマのぬいぐるみに狙いを定めた。
まあ狙ったからって当たるかどうか……。
「当たった!」
羽彩が放った弾がクマの頭に命中した。
だがしかし、グラグラと揺れたものの倒れるまでには至らなかった。
「えぇーっ!? なんでっ、今当たったじゃん!」
「大きい景品は倒すのが大変だから。小さくて軽いものの方が確実に倒せるわよ」
悔しがる羽彩に日葵が冷静にアドバイスをする。
そもそもそれがわかっていたから日葵は小さくて軽い駄菓子ばっかり狙っていたのか。なんて効率的な……こいつ、マジで射的に慣れていやがる。
だが、羽彩が日葵と同じように駄菓子を狙ったところで勝ち目はない。今から全部当てたところで、パーフェクトの彼女には追い付けない。
せっかくの勝負だ。面白い方が良いに決まっているよな。
「羽彩、もう一回あのクマのぬいぐるみを狙え」
「え? でも当たっても倒れないし……」
「倒せるようにすればいいんだろ」
俺は銃を構えて、連続で弾を撃った。
撃ったコルクがポコンッポコンッとクマのぬいぐるみに命中する。一発ではダメでも数で攻めれば、大きいぬいぐるみも、あと少しで倒れそうなほどグラグラと揺れる。
「今だ羽彩! 撃て!」
「い、今!? えいやっ!」
羽彩が撃った弾がクマのぬいぐるみに命中した。大きく揺れていたところに衝撃が加わったためか、グラリと傾く。
「お、お、おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーーっ!! やったーーっ!!」
クマのぬいぐるみは見事倒れた。それを見て、羽彩は両手を挙げて飛び跳ねながら喜ぶ。俺は浴衣越しでも縦揺れするおっぱいに視線が吸い寄せられた。うむ……見事だ!
「ええぇっ!? ちょっ、晃生くんが協力するなんてずるいわよ!」
「フフン。そんなのルールで決めてなかったもんねー」
「ぐ、ぐぬぬ……」
美少女がぐぬぬとか言うんじゃねえよ。清楚系ヒロインの肩書はどうした。
日葵と羽彩は子供のように言い合っていた。こいつら一応優等生と不良生徒だってのに仲良いよな。
「この勝負、氷室ちゃんの勝ちぃー!」
いつの間に食い終わっていたのか、エリカが羽彩の手を挙げさせて勝者だと宣言する。お前いつから審判になったんだよ?
「やったー! ほら、エリカさんもこう言っているし、アタシの勝ちだよね」
「ぐぬぬ……」
金髪ギャルとピンク髪優等生が仲良くケンカしている中、青髪お姉さんが俺の肩にぽんっと手を置いた。
「そして、景品を取れなかった晃生くんが敗者ってことで良いよね?」
「あ」
そういやそうだな。せっかくだからと、羽彩にでかい景品を取らせようとして自分のことを考えていなかった。
「いや、でもこれは晃生と一緒に取ったものだし……」
羽彩も俺が負けたことになると考えていなかったのだろう。景品が取れたのは俺の手柄でもあると言ってくれる。
「気にすんなって。これはお前のもんだ」
クマのぬいぐるみを羽彩に押しつける。
「でも……」
「でも、じゃねえ。俺のプレゼントが嬉しくねえのか?」
「晃生のプレゼント……?」
「プレゼント」の言葉が効いたのか、申し訳なさそうにしていた羽彩が、顔を綻ばせてクマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
「ううん……嬉しいっ。ありがとう晃生!」
可愛い顔しやがって。しばらく眺めていたいところだったが、羽彩は日葵と梨乃に羨ましがられてやいのやいのと騒ぎ始めた。同級生組は本当に仲良しだな。
「では敗者の晃生くん。私と一緒に、罰として勝者に食べ物でも買ってきてあげようか」
「それってエリカが食べたいからじゃねえの?」
「えへっ♡」
笑って誤魔化された。ていうか、あれだけ食べたってのにまだ足りねえのか? いつから食いしん坊なお姉さんになったんだよ。
「そういうわけなので。さなえさん、みんなのことをよろしくお願いしますね」
「え、ええ。もちろんよ。……行ってらっしゃい」
日葵たちのことはさなえさんに任せて、俺とエリカは屋台に向かうのであった。
◇ ◇ ◇
──屋台で食べ物を買うだけのはずだったんだが……。
「も、もうすぐ花火が打ち上がるんだ。それまでは、私と話をしてほしい……私の気持ちを、君に聞いてほしい……っ」
「……」
なぜか音無先輩と二人きりになっていた。
ものすっげえ気まずいんだけど……。この空気、どうしてくれんの?