射的の勝者となった羽彩に、屋台の食べ物を買ってやることになった。
「お、おいエリカ。どこへ連れて行く気だ?」
言い出しっぺのエリカと一緒に屋台に向かっていたはずなのだが、気づけば人混みを抜けていた。
「いいからいいからー。私に身を任せてー」
人の気配のない、一般人は立ち入り禁止らしき場所へと引っ張られる。
祭りの音が遠のき、夜の静けさが増していく。
こんな人気のない場所へ俺を連れて来るってことは……。エリカもスッキリしたくなったってことか。
昨晩から相手してやれなかったからな。しかも一人だけのけ者みたいになってしまった。それで寂しくなったのだろう。やれやれ、しょうがねえ奴だ。しっかり相手して満足させてやるか。
……なんてことを想像していたのだが。こういう時に限って予想は裏切られるものらしい。
「ご、郷田くん。時間を取らせてしまってすまないね……」
丘の上。祭りの光景がよく見える場所。
関係者以外は立ち入り禁止と注意書きがあった。つまりは祭りの関係者、金持ちにのみ許された場所ということなのだろう。
そこにいたのは音無先輩だった。しかも一人だ。他に誰もいなかった。
「じゃっ、がんばってね晃生くん」
「オイコラ。待てよエリカ」
人を地雷原に連れて来ておいて、笑顔で立ち去ろうとするエリカの首根っこを掴んだ。
「あぁん♡ 晃生くんに乱暴されちゃうよぅ♡」
「今そういう声を出すんじゃねえよ!」
妙に色っぽい声だったから音無先輩がびっくりしただろうがっ。二人きりならともかく、他人のいるところだと俺も肝を冷やす。だって俺が襲っている風に見えてしまうかもしれないからな。
「マジでどういうつもりだ?」
「夏樹ちゃんがお祭りに来ているらしかったからね。あいさつくらいはしていいんじゃないかな?」
「俺と先輩の関係を知ってんだろうが。あいさつじゃ済まねえだろ」
我が校の生徒会長で先輩。一応……俺の婚約者。
だが俺は音無先輩を婚約者だと認めていない。
彼女が嫌いなわけではない。容姿の好みを問われれば、正直好みではある。巨乳だしな。
それでも気に食わない。
郷田晃生の過去のトラウマ……。どうしても忘れることはできやしない。
音無先輩のせいではない。それはわかっているし、事実彼女とは関係がない。
でも、音無先輩は気にしている。俺の家族関係が壊れたのも、俺が女にだらしない最低野郎になってしまったことでさえも、自分のせいだと思っている。
そんなありもしない責任で婚約者になられても迷惑だ。それどころか怒りすら湧いてくる。
「ち、違うんだっ。エリカお姉ちゃんは私のために君をここへ連れて来てくれただけで……責めるなら私だけにしてくれ!」
「……」
……こういうところだ。全部自分の責任だと口にする傲慢さが、俺が音無先輩を嫌っている理由なのだ。
「そうそう。私は夏樹ちゃんに命令されて仕方なく……。だから晃生くん。私のことは嫌いにならないでね」
「エリカ。お前のそういうところは大好きだぜ」
エリカは「およよ」と嘘くさい泣き真似をして無実を訴えた。せめて笑顔は隠せよ。
一転してエリカは真面目な表情になる。
目元を緩めて、優しく語り掛けられる。エリカの声は、俺の心によく響く。
「どっちにしてもさ、お互いこのままでいるのは気持ち悪いでしょ。夏樹ちゃんもそうだけど、晃生くんだって夏樹ちゃんとの縁が本当に切れちゃったりしたら、きっともやもやすると思うよ」
「……」
「晃生くんが出す答えなら、私は受け入れるよ。白鳥ちゃんも氷室ちゃんも、黒羽ちゃんだって……きっと同じだから」
だから向き合え。そう叱咤されたように感じた。
頭をがしがしとかく。
まったく、エリカは優しいんだか厳しいんだかわかんねえな。最初はただ都合の良い関係だと思っていたはずなのに、年上の役割ってのを果たそうとしてきやがる。
「わかったよ。ちゃんと話をする。……先に戻ってろ」
「はーい♪」
手を放してやれば、エリカは手を振って元来た道を戻っていった。
その際に口パクで「がんばれ」と言っていたのを見て取った。どっちに対しての「がんばれ」なんだろうな。
「……」
エリカがいなくなると、一気に静かになった。
祭りで賑やかな空気のはずなのに、この場所だけは冷たく感じるほどだ。
「も、もうすぐ花火が打ち上がるんだ。それまでは、私と話をしてほしい……私の気持ちを、君に聞いてほしい……っ」
エリカがいなくなって、俺の雰囲気の変化を感じたのだろう。音無先輩は自分から時間制限を作った。
ここの祭りの花火は派手なのだそうだ。音無先輩はこの花火大会の出資者でもあるのだろう。でもなけりゃ、こんな景色の良い場所を独り占めにできるはずがないだろうからな。
無言で音無先輩に近づく。
「……っ」
息を呑む音。緊張しているのがこれでもかってくらい伝わってくる。
音無先輩の隣に立つ。転落防止の柵の近くで、眺めが良かった。
「……話を聞いてやる。エリカに言われたしな」
「あ、ありがとうっ」
音無先輩はほっと胸を撫で下ろす。郷田晃生の性なのか、巨乳に視線が吸い寄せられた。
彼女も浴衣を着用していた。大輪の花が咲いていて、派手ではあるが気品を感じさせる。
浴衣によるものなのか。それとも音無先輩の着こなしが、そういった印象を抱かせるのか。
似合っている……。素直にそう思った。
だけど感想は口にしない。それは意地だ。わざわざ喜ばせてやる必要はない。
──郷田晃生の初恋の女の子。その事実を隠し通す。それが、郷田晃生の意地だから。