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29.邪神の下僕

 旅路は静かに始まった。

私たちは馬を走らせ、異界の門へと続く道を進む。王都を離れ、草原を抜け、やがて大地は荒れ果てた岩場へと変わっていった。


ここは「血の荒野」と呼ばれる土地。かつてガラネルとの戦いで、多くの兵が命を落とした戦場跡だ。


「・・・空気が重い」


 私は息を詰まらせる。辺りには濃い瘴気が漂い、不吉な気配が満ちている。


「この瘴気・・・ただの自然発生ではなさそうね」


母が馬を止め、周囲を見渡した。

魔法騎士たちも警戒を強める。


「何かが来る・・・!」


私は背筋を伸ばし、杖を強く握る。



 突然、地響きが起こった。


「前だ!前に・・・何かいる!」


隊長が叫ぶ。


砂煙が舞い、視界が揺れる。

その中から、黒い影がゆっくりと姿を現した。


「久しぶりだな、『灼炎の女皇』・・・」


 低く、冷たい声が響いた。


姿を見た瞬間、私の胸に鋭い寒気が走る。


 全身を黒い鎧に包み、銀色の仮面をつけた男。その周囲には禍々しい魔力が渦巻いている。


「お前は・・・バルクト!邪なる者ダークマースの筆頭の!」


 母の表情が険しくなる。


「・・・!?」


 私は驚愕する。


 ダークマース。かつて邪神ガラネルに仕えた、邪悪な魔法使い。

戦乱の時代において多くの国を滅ぼし、命を奪い、血の海に沈めた、邪神の下僕たちの名。


「行方が知れないと思っていたら・・・やっぱり、生きていたのね・・・!」


 母が鋭く睨む。


 ダークマース、もといバルクトは嗤った。


「生きていた・・・?俺は邪神の封印が解かれるその時まで、生き続ける宿命を持っていた。それだけのことだ」


「封印が完全に解けたわけではないはず・・・それなのに、なぜお前が!」


「それはお前の知ることではない。だが、一つだけ教えてやろう」


 彼は黒い大剣を地面に突き立て、不気味に笑った。


「封印は、確実に崩れつつある」


「——っ!」


 私の背筋が凍る。


「それでは始めるとしよう。お前たちには、ここで死んでもらう」


 ダークマースがゆっくりと剣を持ち上げた。


 直後——


「——“闇刃の衝撃”!」


 黒い魔力を纏った衝撃波が放たれる!


「っ!」


 私はとっさに防御の魔法を唱えた。


「『蒼護の盾アルトラッド』!」


 青白い魔法障壁が現れ、衝撃波を受け止めた。しかし、向こうの力が強すぎる・・・!


「っ・・・!」


 私は馬ごと吹き飛ばされ、地面を転がる。


「アリア!」


 母の声が聞こえる。


 だが、邪なる者ダークマースの攻撃は止まらない。彼は瞬時に間合いを詰め、母へと襲いかかった。


「“闇閃斬”!」


 剣が振るわれ、漆黒の斬撃が放たれる。


「甘い!」


 母は即座に炎を纏い、迎え撃った。


「『紅蓮の壁』!」


 火炎の障壁が立ちはだかり、闇の斬撃を弾く。爆発が起こり、地面が焦げ付いた。


「相変わらずの魔力だな・・・やはり、そう簡単には倒せぬか」


 ダークマースは舌打ちする。


「騎士たち、援護しろ!」


 隊長の号令が響く。魔法騎士たちは一斉に呪文を詠唱し、雷や氷の魔法を放つ。


 しかし——


「無駄だ」


 バルクトが腕を振るうと、黒い魔力の壁が現れ、すべての魔法をかき消した。


「なっ・・・!」


騎士たちが動揺する。


「弱者が束になったところで、俺には届かん」


バルクトは冷酷に言い放つ。


私は歯を食いしばった。


(このままでは・・・!)


 母と騎士たちは応戦しているが、バルクトの力は圧倒的だ。


「アリア!」


母がこちらを見る。

その目と表情から意図を汲み取り、私は息を飲む。


(やるしかないのか・・・)


 恐怖と不安が脳裏をよぎる。だけど、逃げられない。


「・・・うん!」


 私は杖を強く握りしめ、簡易術式を展開した。


「『焔の槍ブレイラムス』!」


 炎を纏った槍を生み出し、一気に投げ放つ。

中級の炎魔法であり、現状私が使える中で最強の攻撃魔法だ。


——ズバァァッ!!


 槍はバルクトの防御を突き破り、肩に直撃した。


「ぐっ・・・!」


 彼が初めて苦悶の声を上げる。


(効いた!)


 私は確信する。


「アリア、今のをもう一度!」


 母が叫ぶ。


「分かった!」


 私は再び術式を展開し、叫ぶ。


「『焔の槍ブレイラムス』!」


「——!」


 しかし、その瞬間——


「調子に乗るな!」


 バルクトが片手を掲げた。


「『暗黒の鎖ダーク・チェイン』!」


 漆黒の鎖が地面から飛び出し、私を絡め取る。


「っ・・・く!」


 体が動かない!


「アリア!」


 母が助けようと駆け寄る。だが、その時——


「・・・ふん、貴様らの実力は認めよう」


 バルクトは一歩下がり、私を縛る鎖を解いた。


「だが、今回はここまでだ」


「逃がすと思う?」


 母が杖を構える。


「あいにくだが、俺の目的はお前たちを倒すことではない。準備は着々と進んでいる」


「何・・・?」


「もうすぐで、邪神ガラネルは目覚める。その時まで、せいぜい足掻くがいい・・・『灼炎の女皇』、そしてその娘よ」


 バルクトの体が黒い霧に包まれ、消えていった。




私は膝をついた。


「ガラネルが・・・目覚める?」


「そんなこと、させない・・・絶対に!」


 母が悔しげに呟く。


私は唇を噛んだ。

いよいよ、敵が姿を現した。


(戦いが、始まる・・・)


 私は杖を握りしめ、決意を固めた。


「絶対に、止める・・・!」


異界の門までの道は、まだ続いている。



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