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第50話 ︎︎導く者

 素っ頓狂な声を発し、勢いよく立ち上がると、大きな音を立てて椅子が倒れる。ネフィが素早く動いて位置を戻した。


「そ、そん、え? 何……なんですかそれ!?」


 知らされた事実に、頭が混乱する。


 み、見られていた!?


 誰に!?


 パクパクと口を開閉している私はきっと間抜けだろう。アルとネフィも気まずそうに視線が泳いでいた。ただ一人、笑っているクムト様が頬を掻く。


「博識なりっちゃんなら知ってるかもって思ったけど、その様子じゃ全然知らなかったんだね」


 その言葉に、どもりながらなんとか応えた。


「お、王族にはそういった慣習があるというのは少しだけ……で、でも! ︎︎それは国王が側室からそそのかされないように、監視の意味があるはずです。カイザークには側室の風習はありません。だから、そういったものも無いのだと……」


 そう、他の国には後宮やハレムなど、世継ぎを確実に残すための施設がある。貴族や豪商の娘が集められて、たいそう豪奢ごうしゃだと文献で読んだ事があった。


 その場合、王は多くの女性と関係を持たなくてはならない。中にはユシアン様のように、地位や金銭を目当てに近付く者もいるから、監視として夜伽よとぎ役が側に控えるのだ。


 しかし、このカイザークでは側室は存在しない。精霊王との契約もあってか、歴代の王はただ一人の王妃をめとる。現国王陛下もそう。アルもそう言ってくれた。


 だからそんな風習ないと思っていたのに!


 事前に説明もなかったし、ネフィだって、アルだって何も言わなかった。


 顔色を赤から青へとめまぐるしく変える私に、アルが申し訳なさそうに口を開く。


「あの、黙っててごめんね。だってそんな事言ったらきっと躊躇ためらうでしょ? ︎︎そうじゃなくてもガチガチだったんだし、とても言えなくて……ネフィとも相談して、リリーの王妃教育が落ち着いてからにしようって」


 ね、とネフィに話を振ると神妙に頷いた。


「はい。殿下が出征され一年の猶予があったので、それとなく夜伽のお話しをしようとしたのです。ですが、リージュ様は『この国はそういう習慣がないから安心』と言っておいでで、お伝えする機会を失っておりました。殿下がお帰りになってからご相談して、そういう事になったのです」


 それを聞いて、そういえばと思い出す。あの宣戦布告の日、アルが帰ったら私は心身共に彼のものになるんだと決めた。それからネフィは時折、しとねの作法や食事、準備に関して色々と教えてくれている。


 その中で、確かに夜伽の話しも出たような……。


「りっちゃん、変な所で抜けてるね~。あっちゃんは仮にも王太子だよ? ︎︎子作りも大事な仕事だ。それを確認するものまたお仕事って訳」


 王太子に嫁ぐというのはそういう事だと、私は失念していた。私は個人である前に、国の、民のものなのだ。アルとの結婚は国事であり、ただ貴族同士が結ばれるのとは規模が違う。


 挙式も祭典として執り行われるし、その費用は国庫から出される。つまりは税金。式で着るドレスも、宝飾品も全て民のものなのだ。


 口をつぐんだ私に、クムト様は叱るでもなく微笑みかけてくれた。


「誰にでも失敗はあるよ。でもね、君は王太子妃になると、自分で決めた。まだ婚約しただけだけど、それでも責任は付きまとうよ。今回はそれが分かってよかったじゃない。あっちゃんも、フィちゃんも、りっちゃんを過保護にしない事。彼女は君達が思うほど弱くはないよ」


 軽薄な態度とは裏腹に、賢者らしい言葉をしっかりと心に刻んで、私達は頷き合った。


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