思いがけない言葉に、私は戸惑った。呪い、とはなんなのか、聞いてもいいのだろうか。アルに視線を向けると、背中を撫でてくれる。
「気にしなくていいよ。呪いって言っても、悪いものじゃないんだ」
そう言って、クムト様に続きを促すと、頬を掻きながら少し恥ずかしそうに話しだした。
「ボクにかかっている呪いはね、ある物を探し出す事なんだ。それが見つかるまで死ねない。カイザークに留まっているのは、それがどこかに隠されているからかな。この国にある事までは突き止めたんだ。でもこの五千年、探し続けてるけど見つからなくてさ。やんなっちゃうよ」
肩を
五千年前、まだ十八才だったクムト様は、結婚を間近に控えていたという。花嫁は幼馴染の女性。特別美しいわけではないけれど、年上の男性にも物怖じしないさっぱりとした性格で、誰からも愛される人だったそうだ。
しかし結婚式当日、横柄な男が横槍を入れた。その男は、ずっと花嫁を付け狙っていた人物で、クムト様を晴れの場で殺害するという暴挙に出る。
この時、クムト様は一度死んだのだ。
やっと花嫁を手に入れて、高笑いする男。もちろん招待されていた住民の面前で凶行に出たのだから、警備役が捕らえようと動いた。
しかし男自身も警備役に就いていて、腕っ節が強く誰も敵わない。男は花嫁を強引に拐い、逃走を図る。
そこで異変が起った。
女性から魔障が生じたのだ。
まだ魔法が存在している時代。誰からも愛される花嫁は、精霊にも愛されていた。
愛しい伴侶を失った花嫁は、怒り悲しみ、その感情に精霊が呼応して魔障となる。周囲を突風の渦に巻き込み、破壊の限りを尽くし、男は真っ先に引き裂かれた。
そして残ったのは、花嫁とクムト様の遺体だけ。異形と化した花嫁は泣き叫び、精霊に懇願する。
――返して……私のクムトを返して!
あまりの激情に、精霊も闇に染まっていき、遂には禁呪を発動させるに至った。
死者の蘇生は、神に背く行為として禁んじられている。死は、誰にでも等しく訪れるものであり、例えどのような死でも、神に与えられた運命だ。
しかし花嫁にとっては受け入れ難く、願ってしまう気持ちも分かる。最幸の瞬間に突如失われた、己自身よりも大切な存在。それが身勝手で、欲に塗れた男の手によって理不尽にも刈り取られてしまったのだから。
そこでひとつ息を吐き、クムト様は切なそうに微笑む。
「そうしてボクは生き返った。でも禁呪の呪いで不老不死になっちゃって、シーア……幼馴染も禁忌に触れた罰として封じられたんだ。堕ちた精霊と一緒にね。だからボクはそれを探してる。これはボクが契約している精霊が教えてくれた事だよ。どんな形で、どんな風に封じられてるかまでは分からないんだけどね」
アルは女性にだらしないと言っていたけれど、当てもなく五千年もの間探し続けるのは、生半可な想いではできない。もし、アルがそうなってしまったとしたら、私に同じ事ができるのだろうか。
堕ちてでも生を望むのか。
途方もない時間を生きて、探し続けられるのか。
隣を見れば、当たり前にいてくれる愛しい人。戦が近く、有り得ないと言い切れるものではない。戦場では、死がすぐ近くにあるのだから。
私の考えている事が分かったのか、アルは左手の花紋に口付ける。
「僕はどっちも嫌だな。ずっと一緒がいい。一緒に生きて、一緒に老いて……どっちが先になんて分からないけど、きっと子供達に囲まれて幸せの中で逝くんだ。その時は、絶対そばにいるよ。だから、泣かないで」
そっと目元を拭われ、自分が泣いている事に気づいた。考えたくなくても、考えねばならない問題だ。私は、自らその椅子に座ってしまった。王族は絶えず命を狙われる。宰相のように、他にもこの椅子を欲しがっている者達は大勢いるのだから。
「それにさ、言ったじゃない。こいつ女の子食べ放題だって。長く生きてるから賢者なんて呼ばれてるけどさ、実態はただの好色ジジイだよ」
その視線から遠ざけるようにして、アルが睨みつけるとクムト様は口を尖らせる。
「え~。だって、もしかしたら生まれ変わってるかもしれないじゃん。ビビッときた子にしか声かけてないし! これも愛ゆえに、だよ」
そう言って、胸を張るのだった。