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第57話 遠い記憶

 それからクムト様は、どれだけ自分達が愛し合っていたかを熱弁し始めた。


「ボクもシーアも、すごくモテてたんだよ~。今は白くなちゃったけど、この髪も金色でね。女の子に良く声掛けられてたな。シーアはね、めちゃくちゃ可愛いの! 黒い髪が綺麗で、澄んだ青い瞳が印象的なんだ。その上、愛嬌があって、町の食堂で働いていたんだけど、働き者で可愛いって噂が広まって、ほとんどのお客さんはシーア目当てって言われるくらい!」


 両手を大きく開き、身振り手振りで婚約者を褒め称える。今もまだ、その姿は脳裏に焼き付いているのだろう。当時の空気、匂いさえも。


「その町は宿場町でさ、いろんな人が訪れてた。人種も職業も様々で、賑やかだったな……」


 空を見つめるクムト様の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。いつも気丈に振舞っているけれど、やはり不老不死は人と隔絶した存在。五千年もの間、どれほどの友を見送ってきたのだろう。長い刻の中でも忘れれられない恋人との記憶、そして再会こそが、クムト様の原動力のように思えた。


 アルも神妙に話を聞いている。


「父さん、母さん。弟のルイ、隣のトゥディ、ゼクおばさん……皆の顔は忘れた事ない。旅の中で出会った人達、皆、皆覚えてる。仲良くなった人も、喧嘩した人も」


 クムト様は幸せを噛み締めるように、目を閉じて思い出に浸った。軽薄な態度の裏側には、計り知れない慈愛が隠されている。それが痛い程に伝わって、私まで涙が滲んできた。


 そんな私を見て、クムト様は可笑しそうに笑う。


「どうしたの、りっちゃん。ここは笑う所だよ? ボクの記憶に、泣き顔なんて残したくないな。ほら、あっちゃんも。じじぃの昔話なんて、笑い飛ばしてくれなきゃ」


 ケラケラと声を立てておどけてみせるけれど、そんなに軽い話ではない。会えない時間の重みを知った私には尚更。


 それはアルも同じで、真摯な眼差しで応える。


「笑わないよ。お前はお調子者だけど、僕達の事を誰より考えてくれてる。以前、父上が言ってた。クムトはカイザークの父だって。精霊王と交渉したのも、お前なんだろう?︎ ︎ ︎人間の行いに激怒していた精霊王を沈め、契約を持ちかけたお陰で世界は救われた」


 英雄王ギンディユーズは建国の際、賢者に手を借りたという。その賢者がクムト様だ。


 精霊を契約で縛り、隷属させた魔法使いの多くは精霊王の逆鱗に触れ滅ぼされている。滅びとは、死をも阻む完全なる無だ。静かな眠りも、転生も叶わず、永遠の刻を闇の中で彷徨さまよう。


 有罪確定の魔法使いはまだしも、当時は生活にも魔法が使われていた。精霊王の怒りはそちらにも向いていたのだ。言ってみれば救世主。だからこそ英雄王ギンディユーズは語り継がれている。


 それなのに、クムト様の名前は世に出ていない。アルに開国の全貌を聞いた私が疑問に思うのは当然だろう。


 それでもクムト様は笑う。


「ボクみたいなのって、最近はヤンデレって言うんでしょ? 五千年もひとりの女の子を追いかけてるんだもん。そんな奴が英雄王の横にいたら、威厳も半減しちゃうよ。救国っていうのは綺麗事だけじゃないんだから」


 そんな話しは受け入れ難く、私は抗議する。アルだって納得していない。


 左右から叱られたクムト様は、退散とばかりにそそくさと帰っていくのだった。


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