トスカリャに動きあり。
その報がもたらされたのは、陽射しが厳しさを増す夏至の事。
山を削るのは相当な労力を必要とし、自然の驚異を嫌が応にも思い知らされる。鉱山でさえ多くの犠牲が出るというのに、国を隔てる山脈を貫こうというのだからその数も膨大になるだろう。どれだけ補強に力を入れても不意に崩落が起こり、進めば進むほどに酸素は薄れ、有毒なガスが噴出する。
それは人間如きが適う相手ではなく、長い歴史の中でも成し遂げた者はいない。それをアックティカとトスカリャという小国がやり遂げたのだから、瞬く間に噂は広まり世界が震撼した。
鎖国で情報規制をしていたアックティカだけれど、トンネル開通だけは大々的に報じている。そして同時に、世界へ向けて宣戦布告を突きつけた。
いくら偉業を成し遂げたとはいえ、二国合わせても人口は三十万にも満たない。しかもその人口は、国全体を合算してなのだから戦に動員できるのは更に少なくなる。その中には戦えない女性や子供も含まれ、純粋な戦力はざっと見積もっても三万。ほとんどが民兵、そこに傭兵が加わるはずだ。
前回の戦では傭兵が一万強を占めていた。今回は新たにトスカリャの兵も加わる。前回よりも、訓練を受けた兵が増えると予想されていた。
私はと言えば、懐妊が確実なものとなり、徐々にお腹が大きくなってきている。アルは素より義両親である両陛下や両親、妹方、皆が喜んでくれていた。婚姻までのあと二年間が待ち遠しいと、既に準備は進められている。
一口に二年と言っても、王室の婚姻式となればそう気の早い話ではない。ドレスや装飾品は一流のものが使われるから、布地の選定、お針子や商人の人選など時間と手間がかかるのだ。
今、私に宿る命を迎える準備も同じ。肌着やおむつは厳選された素材が使われ、乳母はアルもお世話になった旧知の子爵婦人が選ばれた。この方はアルの遠縁で、先王の姪だそうな。五十手前の夫人は、にこやかで物腰の柔らかい方だ。今は離宮に通いながら、ネフィと共に私の身の回りの事や、出産に関する知識を教えてくれている。
戦と出産。
相反する二つが同時に進み、軍部と医術部は多忙を極めている。特に医術部はどちらにも関わっているから、寝る間も惜しんで働いてくれていた。申し訳ないと言う私に、アルはちゃんと褒賞を与えると約束してくれる。
「大丈夫。医術部の皆も、リリーの懐妊を本当に喜んでるんだ。廊下ですれ違う度に『まだですか』って騒ぐんだよ? そんなの僕よりよく分かてるはずなのにね。女の子か男の子か、どっちに似てるかで喧嘩になったりさ。それって普通、父親である僕が騒ぐべき事じゃない?」
そう言いながら肩を竦めて見せた。まだ十四という若さでも、頼れる夫だと心底思う。忙しい中でも私との時間を作ってくれて、
そんな日々が続き、季節は夏の盛り。
アックティカ、トスカリャ両軍は進撃を開始した。