鼻孔をくすぐる海の香り…まるで毒リンゴを食べさせられたお姫様が王子様のキスの力で目覚めたかのような不思議で心地の良くわたくしは瞼を開きました。
「あら…わたくし何でこんなところで寝ていたんですの?」
眼前に広がるのはこの地球を包まんばかりに大きく、そして何より美しい大海と白い雲、そして正座をしている素鳥さんとそれを監視しているかのような和倉さん、初川さん、波園さんですわ……はて、これは一体どういうことなんでしょう?
「あっ、ようやく起きたみたいですね。犬前さん、ご機嫌はいかがですか?」
初川さんが和倉さんに抱き着いている波園さんから視線を移さずにわたくしを慮った発言をします……しかし、まぁあれですわね。これじゃあその真心がいまいち分かりませんわね。
「ええ、大丈夫ですわ……それにしてもこれは一体どういう状況ですの?」
確かわたくしはあの方からの指令で素鳥さんと共にこの島に来て…そうそして優雅に散歩をしている時に何かを見つけたような……おかしいですわね、どういうわけか何を見たのかが思い出せませんわ。
わたくしは一体何を………そして何故こんなところで寝ていたんですの?
「あれ?犬前さんあんた、覚えてないんですか?」
「ええ……貴方方は何があったか知ってるんですの?」
4人は顔を見合わせました。そして何かの意思を統一させると素鳥さんがこちらに近づいてきましたわ。何事かと思っていると、流麗な動作で土下座をしてきたではありませんか。
「すいませんでした!!!俺の悪さのせいです!!!でも悪気はなかったので許してください!!」
「素鳥さん?何をされたんですの?」
「そいつは思い出さない方が先輩の為だと思いますよ……」
波園さんがそう言って素鳥さんを貫かんばかりの非難の視線を突き刺しました。
「……まぁ何があったかは分かりませんが皆さんがそうおっしゃるのなら追及は致しませんわ。それより、もうこんな時間、早く初川城に参りましょう」
「え?なんで犬前さんが初川城のことを知っているんですか?」
「まぁ…それは」
わたくしはあの方の顔を思い出した。そして彼女そっくりに不敵な笑みを作ります。
「行ってみてからのお楽しみですわ」
記憶が無くなったのならここから夏休みの思い出を、青春を作ればいいだけの話ですわ!!前向きにまいりましょう!!
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ようやく水菜乃が詠史さんから離れましたね……まったく、いくら幼馴染と言っても清廉な詠史さんに女体を密着させるなんて……本来私以外にはしちゃ駄目なことですよ……
それはそれとして、素鳥さんと犬前さん……いったいなぜこの島にいるんでしょう?ここは初川家の人間以外滅多に人がくることはありませんし……どうにも私たちを追ってきた感じがします。
なんでしょう………この嫌な予感は………
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『お母様、初川城に詠史さんをご招待するんですけど、いいですよね!!』
『どうぞ……もう許可したでしょう』
『うふふ、念のためです。食料や娯楽品はありますか?』
『用意しといたから安心して…後は貴女の腕次第………頑張ってね』
『はいっ!!帰るころには詠史さんの愛と琴流ちゃん、夢邦ちゃんにつぐ孫をお腹に宿してみせるので楽しみにしてください!!』
『そこまではしなくていいけれど………まぁ』
お母様は不穏に微笑みました。
『頑張れ』
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何が……いったい何があるというんでしょう………
不安を胸にしたまま私は初川城のカギを開けました。そしてゆっくりと扉を開いていきます。
「さぁ、詠史さんご覧ください、これが今日から私たちが宿泊する城ですよ!!!」
そして玄関に入った瞬間……私は……いえ、私たちは皆驚愕しました……
「真絹、なんかちょっとおどろおどろしい雰囲気のお城ね……それに」
「あれなんだ?」
詠史さんが指さした先を私も、いえ、その場にいた皆が見ます。そこには映画でよく見る大きな肖像画が飾ってありました。繊細かつ大胆なタッチで描かれた一人の少女の笑顔溢れる微笑ましいです。そんな絵が遠目で見ただけでも分かる高価で美麗な額に飾られています。
「僕の目には……琴流に見えるんだが」
「あたしも…あれ、琴流ちゃんよね」
え?
「詠史さん、水菜乃、琴流ちゃんのことを知ってるんですか?」
「ああ、ちょっとこの前会ってな……お前も琴流のこと知ってるのか?」
「はい、だって『花染琴流はあたしのお姉ちゃんだもの』なっ!!??」
どこかに設置されているであろうスピーカーから凛々しくも愛らしい声が聞こえてきました。
「その声は………夢邦ちゃん!!??」
『うふふ、ようこそ皆さんいらっしゃったわね…心の底から歓迎するわ』
「夢邦、琴流がお前の姉ってどういうことだ?」
『そのままの意味よ。あたしは戸籍上の名前は花染夢邦なの……ただ、名字であたしは呼ばないでね。反吐が出るほど嫌いな名字だから……と、そんなことはどうでもいいわ。さ、魔王様からのお言葉をもらいましょう』
マイクを誰かに渡す気配がした後に無邪気な声があたりに響きました。
『詠史君、水菜乃ちゃん、真絹ちゃん、素鳥くん、灯華ちゃん!!皆ようこそ!!!私の魔王城へ!!!』
琴流ちゃんの声です。
「魔王……城??」
『今日はいっぱい楽しんでいってね!!!私もいっぱい楽しむから!!!』
「ちょっ、待て琴流?お前何をする気なんだ?」
『詠史君、何かをするのはそっちの方だよ。なんて言ったってここは魔王城なんだもん』
パカッ
不意に床が開き、重力に従って私は落下をしていきます。
「きゃぁぁぁぁ!!!!!!!!」
『頑張って健全的魔王である私の元まで来てね!!!』
愛らしい言葉が全身に響いたのでした。
ったくもう、人の都合も考えず自分の意思をガンガン貫くんですから。
「お兄様にそっくりです」
ま、お兄様に限らず初川家は大なり小なりそういう我がままな人間だらけなんですけどね。