健全的魔王って……ああもう、また健全な人が出てきたよ。僕の周りには全然健全じゃない、自称健全者ばっかり集まるなもう……まぁ子供の言うことだ……乗ってやるか。
ポスンッ
クッションに落ちた。よほど包容力があるのだろう、数メートルは落ちたのに痛みは全くない。とりあえず起き上がって後ろに声をかけた。
「真絹、大丈夫か?」
………あれ?声が来ない。おかしいな。僕が声を掛けたら電光石火の速さで応答するのが真絹なのに……まさか、ケガをしたんじゃ!!??
「大丈夫か真絹!!??」
勢い余って首がねじ切れそうなほど速く後ろを向くとまだ状況が呑み込めていなさそうな顔をしている犬前さんが一人だけいた。
「あれ?犬前さんだけ…?他の奴らは?」
「和倉さんだけですの?あれ?でもわたくし達みんな一緒に落ちましたよね……まさか、他の皆さんは落下のさいに起きた空間の歪みで別の異世界に『行ってるわけないでしょう』びくぅぅですわ!!」
驚いたからってびくぅぅですわって言う人初めて見た。
『あんたらは皆一緒に落ちたと錯覚しているみたいだけど実際には三つの穴に分けているわ』
夢邦の声…
「なんでそんなことすんだ?」
『そっちの方が面白そうだからに決まってるじゃない』
あざ笑う様な声色、スピーカーの向こう側で性格の悪い笑みを浮かべているのが目に浮かぶわ。
「なんだぁ?僕たちと喧嘩でもしようってのか?」
『まっさか~~あたしはか弱い平和主義者よ。ただお姉ちゃんたっての頼みであんたらで遊ぶ……もとい、あんたらと遊びたいって思っただけ。
さっきも言ったけどあんたらは三つに分かれたわ…分断は適当にしたけど……どうやら』
「詠史さーーーん!!!!どこですかぁぁぁぁ!!!!!????ご無事ですかぁぁ!!!!????私は無事です!!!あと、離れ離れになっても愛してますぅぅぅ!!!」
右側から真絹の大声が聞こえてきた。何と魂のこもった声であろう。
『叔母さんは一人で、後は詠史灯華のペア、水菜乃皇斗のペアになったみたいね。ふーん、適当にしちゃなかなか面白いじゃない』
「だから、僕たちで遊ぶんだか、僕たちと遊ぶんだか知らないけれど何をさせるつもりだ?」
『察しが悪い将来の叔父さんねぇ……魔王が君臨する魔王城ですることなんて攻略以外にないでしょう。
もともとあった古臭い修練道具を改修してアトラクションにしてあるわ。せいぜい楽しく踊ってお姉ちゃんとあたしを楽しませてちょうだい』
「んだとお前……」
『んじゃ頑張ってね』
プツンとスピーカーが切れた音がした。
「どうやらやるしかないようですわね」
「みたいですね……でもいったいなんでこんなこと」
「和倉さん、もう話しても良い頃合いなのでお話いたしますが、わたくしと素鳥さんは夢邦さんにこの島に連れてこられたんですの」
「あいつがですか?」
「はい。何でも『お姉ちゃんが去年の誕生日に魔王城が欲しいって言ったから作ってあげたの』とのことですわ」
「ちょっと待ってください……タンマです。なんですかそれ?」
「言葉のままの意味ですわ。夢邦さんは超が何個も付くシスコンですから姉である琴流さんの無邪気なお願いを叶えてあげたいと思ったのでしょう。
そして魔王城が出来た記念に何かイベントがしたいと琴流さんがおっしゃったそうですの…そこでわたくし達を集めて、今回の催しが行われたということですわ」
「…マジですか…………いやでも、僕と水菜乃は真絹に呼ばれてきたんですよ。真絹が僕に本当のことを言わずにつれてくるなんて考えにくいんですが」
「ああ、そのことなら簡単ですよ…事前に彼女の母、つまり夢邦さんの祖母である繭子さんに貴方方が来る情報を教えられていたのです。それを奇貨としてイベントに貴方達を巻き込むことにしたとのことです………」
「おおう……」
あ……あの夢邦の小娘野郎……
「面白いことやってくれんじゃねーか。上等だよ、思いっきり遊んでやろうじゃねーか」
ちょうどいい、遅かれ早かれあの小生意気なガキにリベンジしようと思っていたところだ。
「この魔王城、完全無欠に攻略しますよ!!」
「おおーー!!ですわ!!!」
僕たちは高らかに腕を上げて咆哮を上げた。
「詠史さーーーん!!愛してまーーーーす!!!」
と言うか真絹のやつはいつまで愛を叫んでいるんだよ……
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はぁはぁ……詠史さんの気配は感じるのですが……流石に叫びすぎましたね。
「お母様が妙な様子だったのはこういうことだったんですか…勝手に初川城を借りればよかったですね」
「それはダメでしょ、いくら家族の所有物でも勝手に使うのはマナーに反するわ」
いつものように気配の一つもなく夢邦ちゃんが現れました。9歳とは思えない妖艶にして底の知れない笑みですね。
「お母様がここに来ることをチクったんですか?」
「ええ、それで叔母さんたちも巻き込みたいと思ったからバーバに口止めして今日がやってきたってわけ」
「むぅぅぅ、お母様も世の人々の例に漏れず娘より孫に甘いんですから……まぁいいです、こんな夏も刺激的でいいでしょう。
しかし、私には詠史さんが必要なのです!!早く合流させてください」
「ええっ?それじゃあ面白くないじゃない。叔母さんが詠史に合うために必死こく姿とか最高に面白そうだし」
「まきゅぅぅ…可愛い姪っ子だからってなんでもやっていいわけじゃありませんよ」
「ふふふ、まぁそう言わないでちょうだい。叔母さんならそう言うと思ってわざわざあたしが赴いたんだから」
夢邦ちゃんが軽く柔軟体操をし始めました。そのまま口を動かします。
「叔母さん限定の試練その1。1分以内にあたしにタッチしてみて。それが出来たら詠史と合流させてあげる」
なっ!?
「どう?大サービスでしょう。身体が出来上がりつつある16歳がガキンチョの9歳に勝てってだけの話だわ」
「………本気で行かせていただきますよ」
「ええ、もちろんそうしてちょうだい。お姉ちゃんが見てるんだからそうでなきゃワクワクさせられないわ」
夢邦ちゃんはカメラの一つに向けて満面の笑みを見せました。琴流ちゃんにだけ見せる素敵すぎる笑みです……
「それじゃあ叔母さん………スタート!!」
夢邦ちゃんの言葉が鼓膜を揺らしたのと同時に私は一直線に走りだしました。そして手を伸ばし、すぐさま夢邦ちゃんに触れます………
が
「相変わらず速いわねぇ」
その手は虚しく空を切りました。
「見切られましたか」
「さ、どんどん来なさい。姪の遊びに付き合うのは叔母の義務なんだから」
ったく………本当に末恐ろしい姪っ子です……いやな汗が流れちゃいますよ……もう。
「まだまだ、始まったばかりですもんね」
でも、負けませんよ。詠史さんに会うために大人げなく行かせてもらいます!!
私は踏み込みを強くしてもう一度夢邦ちゃんに向かって行きました。