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第41話 キスしないと出られない部屋ですわ

 ど……どういたしましょう……まさか殿方と一緒にキ……キスしないと出られない部屋に閉じ込められるなんて……どういたしましょう……もし和倉さんがキスを簡単にできるタイプの殿方だったら………ひゃぁぁですわ。


 わたくしの名前は犬前灯華、ファーストキスが散りかねない事態に戦々恐々としている24歳の乙女ですわ。


「ったく、あの小娘……どういう部屋を作ってんだ」


 キスするんですの?わたくしこう見えて彼氏がいたことなんて保育園の数分間しかないですのよ。キスなんてお父様とお母さまとしかしたことないんですよの……わたくしの粘膜はわたくしたち家族以外の遺伝子をまだ知らないんですわ……


 心臓がバクバクしているのが分かりますわ……こんなにバクバクするのは一昨日ゲームで100連勝をかけたバトルをしたとき以来ですわ……いや、一週間前ランキング1位をほんの紙一重で撃破した時以来かも……


「ったく、こうなったら仕方ありませんね」


 和倉さんがわたくしに熱い視線を送ってきました……これは………まさか。


「だ……駄目ですわ!!わたくし達お互いのことをまだほとんど知らないですし、第一そんな真似をしたら初川さんに顔向けができませんでしょう!!」


「…………」


 ああ、なんですのその呆れたような視線は………キスすることが大したことじゃないとでもいいたいんですの?握手と同じ程度のものだとお思いになっているんですの?


 無理ですわぁぁ!!わたくしの初めては青春を共にした愛しい彼氏に捧げると物心ついた時から決めてるんですわ!!で、でも殿方の獣欲は常軌を逸するとありましたわ……この状況……もはや逃れる術はない……


「せ……せめて初めては優しくお願いいたします!!」


「あの~~同級生だったら叱り飛ばしたくなる勘違いをしてるみたいですけど、僕は何もするつもりはありませんよ」


「ならば、わたくしからしろと!!??年上であるわたくしに優しくアプローチを求めたいと言うことですの!?」


「まったくもって違いますね……何もキスしないと出られない部屋って書いてあるからって馬鹿正直にする必要はないですよ。だいたいあのガキ娘の性格の悪さにこれ以上付き合う義理もないですしね」


 とても冷静にそう言われてわたくしの脳に涼しいものがかけましたわ。確かに、いきなりキスというのは拙速と言うものですわね。


「すいません、少々はしたないところをお見せしましたわ」


「良いですよ別に」


 何故か、貴女みたいな女の対応には慣れているのでという言葉が聞こえた気がしましたが、多分気のせいですわね……ああそうだ、ちょうどいいですわ。


「ところで和倉さん、貴方は和倉詩絵さんをご存知でしょうか?」


「え?…僕の姉ですけど」


「ああやっぱり、名字も同じですし雰囲気もどことなく似ていたのでもしかしてと思っていたんですの。

 ふふふ、奇縁ですわね。わたくし詩絵先輩の後輩なんですわ。先輩にはいつもよくしていただきました」


「そうなんですか?あの怠惰なものぐさ姉が迷惑をかけたんじゃ」


 わたくしは首を大きく横に振ります。


「いいえ、先輩はわたくしを幾度となく助けてくれました……時には学校で暴れていたヤンキーを打倒し、時には生徒会と対立し、時には不正を働く教師の悪事を明るみにさらし」


「なんですかその痛快学園物語にありそうな展開は……それ本当に姉ちゃんがしたんですか?」


「ええ、もちろんですわ。先輩は自分のことを語るのがあまり好きじゃないタイプでしたからね……家族にそう言ったことを話したりはしなかったかもしれませんわね。

 でも、先輩のおかげで今のわたくしは真っすぐに、健全的に立っていられるんですの。だから和倉さん」


 わたくしは深々と、そして恭しく、先輩本人にするかのように頭を下げました。


「ありがとうございます」


「ちょっと待ってくださいよ。姉ちゃんが何をしたのかは知りませんけど僕はただの弟です。お礼されるようなことはありませんよ」


「そうかもしれませんが、しかしわたくしがそうしたいんですわ。先輩があれほど凛々しく立派だったのも家族から癒しを得ていた面があるでしょうし、そういう意味で言えば和倉さんだってわたくしの恩人ですしね」


 詠史は思った


(おかしいな?知ってる姉ちゃんとまるで違う……影武者が存在するのか?)


 するといきなりドカンッ!!と爆発音が鳴り響きましたわ。すぐ近くで爆発がしたようで足がもつれ和倉さんに向けて倒れこんでしまいました。


「いたっ」


「大丈夫ですか?」


「あっ、はい……すいませんでした」


「気にしないでください………それよりいったい何が「詠史さん、貴方の嫁が助けに来ましたよ!!!」……ああ、そういうことな」


 爆発音がした方に目を向けるとそこに白い髪をたなびかせた初川真絹さんが立っていました。どうやら彼女が扉を吹き飛ばしたようですわ……なんとパワフルな女性なのでしょう。


「真絹、お前どんだけ暴力的な手段を使ってんだよ……」


「詠史さんをこんなふしだらな部屋に閉じ込めた扉が開かないのが悪いのです……それより犬前さん……それはどういうことですか?」


「ほえ?一体どういうことですの?」


「詠史さんに抱き着いているその状況がどうなっているのかって聞いてるんですよ!」


 言われてわたくしはハッといたしました。確かに倒れていったこのポーズはさながら和倉さんに抱き着いているように見えますわ。


「あっ……これは誤解ですの」


「まきゅぅぅ!!!詠史さん同好会に加入しているとはいえ、そんなふしだらなこと許しませんよ!!「事故だから許してやれ」許します!!事故じゃ仕方ありませんよね!!」


 なんという電光石火の許しでしょう……本当に初川さんは和倉さんのことが好きなんですね。


「ところで詠史さん、ここはキスしないと出られない部屋なんですよね!!それは大変です!!さぁ、早くキスをしましょう!!チュッチュチュッチュしまくりましょう!!!

 夢邦ちゃんや琴流ちゃんに大人のキスをみせつけてやるんです!!レッツディープキッスです!!!」


「しねーよ。お前が扉吹き飛ばしたんだからそこから出ればいいだろう」


「はっ!!??私としたことが不覚です!!

 でも、キスしても何かが減るものじゃないですし……ね、どうですか?」


「僕にとって大切なものが減りそうだから却下……にしても真絹、お前よく僕の場所が分かったな」


「ふふふ、私は詠史さんに恋する乙女です。詠史さんがどこにいても分かりますよ」


「ほー」


「念のため、今日詠史さんがつけているベルトに発信器をつけておいて正解でした」


「何やってんだお前!!!」


 それにしても……


「ふふふふ」


「犬前さん、今のやり取りのどこに笑えるところがあったんですか?」


「ああ、申し訳ございませんわ……でも……なんというか………お似合いだなぁって思いましたの」


「そうですよね!!私と詠史さんは相性ばっちりなラブラブカップルですもんね!!」


 初川さんが和倉さんにハートのオーラを纏いながら抱き着くのを見てわたくしは思ったんですの。


 初川さんの異常な愛を受けられるのはきっと和倉詠史さんしかいないと。なんて言ったって、わたくしの心の師匠にして恩人である詩絵先輩の弟ですもの。


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