妙だ……
「真絹、大丈夫か?」
「はい?大丈夫ですよ。ご心配いただいてありがとうございます!!」
せっかく僕と二人でカヤックに乗っているって言うのにさっきから海ばかり見て全くアピールをしてこない。いつもなら大袈裟にオールをこいで胸をブルンブルンと暴力的なまでに振り回すくらいはするって言うのに…大人しすぎる…何かの作戦か?それならいいんだが。
「私はなんともありませんから」
なんでこいつは悲しそうな目をしてんだ………
「何があった?」
「はい?」
「お前が僕を見てきた時間には到底に及ばないだろうけど僕だって長い間お前を見てきたんだ。ここまであからさまに様子がおかしかったら心配もするさ」
「ふふ、お優しいんですね」
「この程度で優しい判断をするな。マジでどうしたんだ?僕にぶちまけてみろよ」
「……なんでもありませんよ」
こいつは……もう。
僕はグイっと顔を近づけ真絹の綺麗な額に自分の額をコツンと当てた。
「僕に人権を捧げてんだろ、おっぱいから何から隠し事もしないんだろ。良いから話してみろ、アドバイスが出来るように頭ひねってやるから」
「……詠史さん…………」
真絹の視線が僕の腹に向かった。Tシャツで隠されているケガを見ているようだ……まさか
「まさか、お前……まだ気にしてんのか?何百回言わせるんだよ。僕は気にしてないって」
「違うんです…私の問題なんです……私に詠史さんを愛する資格なんてないんじゃないかって……そう……思ってしまうんです」
「真絹……おまっ………」
僕は小学6年の頃に一度誘拐をされたことがある。結構悪質な連中みたいで、身代金をもらうだけもらって後は外国に売り飛ばす計画を立てていたらしい。
そんな奴らに僕は捕まってしまったのだ、そしてその場には真絹もいた……もっとも今思えば真絹は忍の任務として潜入していただけかもしれないが………とにかくいたのだ。
そして倉庫に押し込められた真絹が犯人たちに飛び掛かった。しかしながら簡単に取り押さえられてしまい……そして、何を思ったのか真絹に銃を渡して犯人たちはこんなことを言い始めたのだ。
『あそこにいるガキどものうち一人を撃ってみろ、そしたら逃がしてやる』
悪質な嘘だろう。はねっかえりのじゃじゃ馬を使って自分たちの下卑た愉悦を満たしたかっただけのはずだ。ただ、追い詰められた真絹には選択肢がなかった……で、そこで撃たれる相手に僕が立候補したわけである。
そんなふざけた提案をしてきた野郎どもの鼻を明かせてやろうと、一計を案じた僕は、僕を打ち抜いた先にあるガス管を打ち抜くように身体を調整し、見事に倉庫は大爆発を起こした。そしてその混乱に乗じて見事に逃げ出すことに成功したわけだ。
だから、このケガは名誉の負傷なのである。それに真絹が引き金を引いたとはいえ引きたくて引いたわけではない。ぶっちゃけ僕としちゃ撃たれた瞬間から、誰が撃ったかなんてどーでもいい話なのだが。
「ふざけてんのか?」
「大真面目です……これまでもずっと思っていたんです。私はあの時詠史さんに命を救われました……好きになったきっかけはそれです……でも、それは罪悪感から来ているものじゃないのかって…私が抱いている想いは本当に純愛なのか、不純なものなんじゃないかって」
「だから、おい」
……こういうところはクソ真面目で困るよ。
「私の愛は真実の愛なんかじゃない「真実の愛だろ」…」
真絹の手を強く握りしめてやった。優しい暖かみが少しだけ僕の中に入ってくる。
「いつもお前がしている恥知らずのアプローチが贖罪だの、罪悪感だの、そんなマイナスな感情に起因するものだと思ってんのか?少なくとも僕は思わねーよ。
だって、お前いつもめっちゃくちゃ楽しそうじゃん。お前ほど楽しく求愛してくる人間、いや生物はいねーよ。マイナスな感情がほんの一滴でも入ってたらああはできねーって」
「……詠史さん??」
「いつもいつでも伝わってるよ。お前が僕を真摯に愛してくれているってことは!!んなことはよーく分かってるよ。だからお前の僕への想いを疑うな。僕に愛想が尽きるのは良いが、お前がこれまで僕に送ってきた想いをまがい物だと言うな」
「詠史さん……私も……この想いが嘘だなんて思いたくありません…だって……だって……」
身体が崩れ落ち、僕の胸に倒れ込んできた。それをそっと抱きしめてやる。
「愛してるんです」
「分かってるって……万が一、最初は罪悪感だとしても、そこからお前が培ってきた想いは真実だよ」
ああもう……ハズいな………何言わせんだよこいつ………
「そうですよね……詠史さん、私は今でも詠史さんのことが好きでいいんですよね」
「ああ。てめーの気持ちに従え」
「私が詠史さんに好き好きアプローチしても良いんですね」
「ほどほどならな」
「詠史さんが私にメロメロになれば結婚してくれるんですよね」
「そりゃ……まぁうん」
「ありがとうございます!!」
ああもう……なんだよこいつ……ああもう………照れるんだけど。
だが言った甲斐はあったようで、真絹はこの青空よりも晴れやかな笑みを浮かべた。これでもう大丈夫だ……そう思った瞬間、僕の身体にいっきに重みが走った。
「んっ?」
「一生お慕いします」
唇に…柔らかくて少しだけ重くて………そして幸せな感触がやってきた。
キス…された?
「うふふ……♪うふふふふ………♪
想い溢れちゃいました………これが詠史さんの唇………これが………キス」
「ん……おい………真絹………真絹???」
真絹の身体から意識が失われていった。その代わり触っているだけで分かるほどバクバクと全身に血液が行き渡っていると分かる。
「大丈夫か……おい?おい???」
「刺激的………すぎます………」
「真絹?え?ちょっ………おい………おい???」
勢いの良かった血流が驚くほどの速さで弱まっている………え?これって……これって
「まきゅぅ…………」
心臓が……止まった??
「キスで?」
真絹よぉ……キス一発で心停止するほど心臓を過重労働させるほど僕のことが好きなのにまがい物とか……絶対にありえないから安心しろ。
「ったく、仕方ない奴だ」