「えいっ!!」
「琴流ちゃん、いいボールです!!もっと私のことを好きな人だと思って投げてください!!そうすればもっと強く、もっとコントロールよく投げられるはずです!!」
「うんっ!!届け私の想い!!!」
「ちょっと叔母さん、お姉ちゃんに変なことを吹き込むの止めてくれないかしら」
僕の名前は和倉詠史、初川家の血を持つ女性四人とともに近所の公園にやってきた男である。真絹が独特な英才教育を施しながらドッジボール大会の練習をしているのを少し離れたベンチで観察している。
「詠史さん、これどうぞ」
「ありがとうございます」
おっとりとした動きで綿子さんが牛乳を差し出してきたのでありがたくいただいた。チラリと横を見ると綿子さんが僕をじっと見つめているではないか。
「ちょっと…娘と孫の微笑ましい遊びを観察しててくださいよ」
「それもする……でも今は詠史さんを見ていたい気分」
「どんな気分ですか?」
「そんな気分………としか。
ああ、安心して、私は真絹の想い人を盗ろうだなんて思っていないし、そもそも私が異性として愛するのはダーリンだけって決めてるから」
ダーリンて、50過ぎているのにダーリンて………
「あと、ありがとうございます」
「は?何がですか?」
「今の真絹がいるのは間違いなく貴方のおかげだから」
綿子さんは途端に神妙な顔をしてぺこりと頭を下げた。
「昔の話ですか?あの日のことは僕が勝手に「いや、その日もあるんだけど今言いたいのはそこまで昔じゃないの」さいですか……」
どうやら僕が真絹を守った日のことではなかったらしい……なんか恥ずかしいんだけど。
「ほら、真絹って昔は今とは比べ物にならないほど傲岸不遜で生意気で自分以外の存在を馬鹿にしていたでしょ。座布団太郎くんなら知ってるよね」
「よーく知ってますね。って言うかその呼び方真絹から聞いたんですか」
「もち」
初めて僕と真絹が出会った時、そう呼ばれたんだったっけ…懐かしいな。
「と言うのも、あの子って見ての通り可愛いじゃん。親の贔屓目を抜きにしても小さいころからそうだったの。それに加えて探偵一家の末裔としても天才的だった。だからチヤホヤされていたの。そして家族として叱ってあげるべきだった私たちは娘にゲロ甘だった。だからかな、とっても生意気になったの。
でも、貴方と出会ってから変わった」
いつのまにかベンチの上で正座をしている。その様子はなんだか愛らしいが、50代なのである。
「貴方に命を救われ、興味を持った真絹はそのうちストーカーになった」
「ああ、ストーカー行為していたことは知ってたんですね」
「まぁ忍者もストーカーも似たようなものだから良いかなって」
「全然似てないと思いますよ」
「とにかくストーカーになった。と言っても詠史さんが誰より知っているように、決して不健全な物でなくとっても健全的なストーカー、貴方に自分の存在を悟らせることさえないレベルのストーカー。
そのストーキング行為の末、貴方が清楚系の巨乳が好きだと突き止めた真絹は自分の清楚系にした」
「見た目以外は全然清楚系じゃないですけどね」
「生意気な口調より、敬語が好きだと知れば、すぐに自分の口調を正し、自分を敬語キャラに修正した」
「ああ、なんとなく分かってましたけどやっぱり僕の影響で敬語使うようになったんですねあいつ」
「貴方好みの女性になっていく真絹はとっても楽しそうで、日々が充実していた。私も母親として嬉しく思ったもの」
いつの日かを思い出しているのか楽し気に鼻を鳴らした。
「真絹を今の健全的な美少女にしてくれたのは貴方に恋をしたから。
だからありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらず。別に僕は何にもやってませんし」
実際僕は何もやってない。だってストーキング行為の末真絹が勝手に変わっただけなのだから。
「あたしに言わせれば、何にもやっていないことがおかしいんだけどね」
不意に僕の頭に重みが乗った。それに何よりこの声……
「普通ストーカー行為に遭ってるって知れたらそれ相応の対応をするものよ。なのに叔母さんが今のままでいるのはあんたが何にもせずに叔母さんを受け入れているからに他ならないわ」
「夢邦、お前また勝手に……って言うかもしかして頭の上乗ってる?乗ってるよな」
「ええ、乗ってるわよ。安心なさい、土禁だと思ったから靴はちゃんと脱いでいるわ」
「そこじゃないだろ」
「何よ、あたしくらいの美少女に頭に乗られたんだから喜びなさい」
「だーれが美少女だ。生意気小娘が」
「確かにあたしは生意気小娘よ。だけど、あたしは美少女であるはずなのよ。何故なら超絶美少女のお姉ちゃんの双子の妹だから」
夢邦は僕の頭から飛び降り綿子さんの膝の上に着地した。
「ま、言うまでもなくお姉ちゃんに比べた醜悪なんだけどね」
こいつの果てしないシスコンっぷりはどこからやってきたのだろう………
「バーバからすれば夢邦ちゃんも琴流ちゃんも世界で一番可愛いよ」
「ありがとうバーバ、でも世界一の称号はお姉ちゃんに渡してちょうだい」
綿子さんが夢邦の頭を優しく撫でている。こうしてみると夢邦もただの小学生だな……
「にしても詠史さんは本当に凄い。夢邦ちゃんがこんなに懐くなんて滅多にないよ」
「懐いてるって言いますかね?」
「言うんじゃないかしら?光栄に思いなさい」
「黙れ生意気小娘」
「黙らせてみなさいよ」
「上等だ…」
すると夢邦が口角を上げて頬杖をついた。
「ちなみに、そこ危ないわよ」
「は?なに」
バンッ!!
「ぎゃっ!!」
「詠史さん!!!大丈夫ですか!!??」
ボールが…僕の横っ面を……
「ごめんなさい詠史君!!手元が狂っちゃった!!!」
「いや…いい。大丈夫だ気にするな琴流」
「ふふふ、鈍い男」
「すいません綿子さん、その孫娘を今すぐ叱ってやってください!出来るだけこっぴどく」
「夢邦ちゃん、めっ」
めっ…て、可愛い顔でめって…
「ごめんなさーい」
ほら効いてない。一ミリも心に響いてない。
「ゲロ甘ですね!!」
「祖母は孫に優しいものよ。躾はパパとママがやってくれるわ」
この………生意気孫娘が。
「いつかお前のご両親としっかりお話をしてみたいもんだな」
「そのうち会うわよ。結婚式とかでね。その時じっくり叔母さんとの将来と一緒にあたしの教育方針についても話し合いなさい」
こいつの鼻っ柱いつかへし折ってやる。
帰り道、すっかり遊び疲れて眠ってしまったお姉ちゃんを背負ったバーバが話しかけてきた。
「夢邦ちゃん、詠史さんのこと好き?」
「ええ、良いおもちゃだわ」
「そ、ならいいんだけど。真絹の好きな人だからほどほどにして」
「分かってるわよ。ただ、面白い観察対象だからついちょっかい出しちゃうだけ。ま、叔母さんも含めて観察しているんだけどね」
「観察対象って?」
バーバが首をかしげる。まぁ隠すほどのことでもないから教えてあげましょう。
「あたしね、恋がしたいの。パパとママみたいな真剣で劇的でそして素敵な恋……でも知っての通りあたしはそういうの苦手じゃない。なにせ探偵や忍者のお仕事で汚い恋愛を山のように見てるんだから」
「……バーバ的にはノーコメントで通したいな」
「それでいいのよ。
とにかく恋をしたいけど、今すぐには無理そうじゃない。だから取り合えず恋を観察しようかなって…そこにちょうどいいタイミングで叔母さんと詠史がラブコメしていたから観察し始めたのよ。
そしたら思いのほか面白くって……特に詠史の野郎はあたしの短い人生の中でも屈指の面白さね。あんな奴初めて見たわ」
「バーバも詠史さんみたいな人は滅多にみたことないなぁ……なんというか……正常に狂ってる人?って言うのかな?」
「ま、とにかく恋の観察としても人間の観察としてもあいつは面白いのよ。だからもうちょっと遊ばせてもらうわ」
「ほどほどにしてね」
「分かってるわよ」
詠史、そして叔母さん。あたしに人の面白さと、現在進行形のラブコメの行方をとくと見せてちょうだいね。
「ふふふっ♪」