あたしは詠史のことが大好きだ…でも、それは当然恋愛的な意味ではなく人間として、幼馴染として大好きと言う意味だ。あれに性的魅力なんて一切感じたことないし、これからも間違いなく異性としては見ないだろう。
だが、ふと思う。
「詠史、ちょっと気になったことがあるんだけど良いかしら?」
「奇遇だな、僕もだ」
あたしは今詠史の前で全裸になっている。なんてことはない、ゲリラ豪雨に襲われてしまったので近くにあったあたしの家でシャワーを浴びようという話になったのだ。だから服を脱いだ、それだけのことである。
「あたしって今17歳よね。ついでに言えばあんたも」
「そうだな」
「で、あたしは女であんたは男よね、念のため聞いとくけど性自認が女だったりする?」
「バリバリの男だな、お前は?」
「ちゃきちゃきの女ね…で、そんな二人が脱衣所で全裸になっている……脱いだ後に気づくのも間抜けな話だけどさ……」
あたし達の関係って異常だったりする?
「これ、結構不健全な状態じゃない?」
「僕も心配になってきた」
「と言うか真絹とかにバレたらとっても面倒なことにならないかしら?」
詠史の顔がにがぁく歪む。
「なるなぁ……『詠史さんと一緒にお風呂に絶対に入りたいです』ってなる……ついでにお前は嫉妬の炎で焼き尽くされるだろう」
「それはごめんねぇ……ってことで詠史、先貰うわよ」
「ああ、早くしろよ」
詠史はパンツだけを履いて外に出た。外にいる詠史に向けて「あたしの部屋で待っときなさい」と声をかけた後、あたしはさっさとシャワーを浴びて身体を拭く。
「詠史相手に羞恥心なんて面倒なもんは今更持てやしないし、持つつもりもないけれど……流石に今のままって訳にもいかないわよねぇ……」
波園水菜乃17歳の夏、あたしは女として一応生物学上は男である詠史とこれからどうやって向き合っていくのかをちょっとばかり考えてみることにした。
~~~~~~~~~~~~
あたしが部屋で寝転びながら漫画を読んでいると詠史がやってきた。リビングから持ってきたのかペットボトルに入ったメロンソーダを飲んでいるようだ。
「待たせたな」
「別に待ってないわよ。んなことよりちょうどいいわ、喉乾いたからそれちょうだい」
「ほいっ」
小さな弧を描きあたしに届いた。
「あのねぇ、人に投げ渡すんじゃないわよ」
「まぁまぁいいじゃん」
「ったく」
雑よねぇ……真絹が普段どういう教育をしているのか気になるわ。
メロンソーダを飲みながらふと思う………
「だからこういうのなのよ!!」
「どうした?炭酸でむせたか?」
「この様子がむせたように見える?」
「見えない」
「冷静に言うな……あのさぁ、なんであたしはあんたが口付けたペットボトルの飲み物を何の抵抗もなく飲んだのよ。いやまぁ飲んだのはあたしなんだけどさ」
「飲んだのよって……喉乾いてたんだろ」
察しが悪いお子ちゃまなんだから。
「そういうのじゃなくってさぁ………ほら、あたしとあんたってさっきも言ったけど一応大人同士じゃない。間接キスをするのもどうかと思うわけよ」
「そっか?裸見せるならともかく飲み物くらいいいじゃんか」
「だーかーらーあんたは適当なのよ。真絹が聞いたらどう思う?」
「あいつは僕が飲んだ飲み物をいつも飲んでるから大丈夫だろ。間接キス常習犯だ」
「忘れてた、あんたって十分いかれてたわね」
自分の元ストーカーと楽しく毎日を謳歌している男は懐が違うわぁ。
「そりゃさぁ、あんたとあたしは赤ちゃんの頃からの仲よ。そのせいで距離感バグってると思うのよね………って言うか絶対にバグってる」
「それは僕も重々承知しているところではあるが……今更直せってのも面倒な話だよな。一線は超えてないつもりだし別にいいんじゃねーの?」
「あたしの生おっぱいガン見しても少しも興奮しない奴が考える一線と世間一般の一線は違うのよ。いやまぁ、あたしも正直あんたの考えと近いんだけどさ、そろそろいい歳なんだし少しくらいあたし達の関係性を見直したほうがいいかなって」
「ふーん……そういうもんか?」
「そういうもんよ。真絹に変な誤解与えたいの?」
「そいつはごめんだけどさ………」
詠史は納得していないようだ。妙に頑固なのよねこの男………でも…
「それに、あたしってあんたしか男知らないじゃない」
「妙な言い方をするな」
「詠史だから言うんだけどさ…このままだと男の子と恋愛できないんじゃないかって思ったのよね」
「なっ!!??」
いや、そんな驚いた顔しないでくれるかしら?
「もうちょっと距離感見直して……それで普通の恋愛観って奴を身に着けたほうがいいかもって……最近少しそんなことを想ったりしてるの」
「おいおい、それって素鳥のこと気になってんの?」
「ちょっ、んなわけないじゃない。そりゃまぁ顔は良いと思うけどあたしは露出狂なんてごめんよ。でも……男の人から告白されたのなんて初めてだったから……その………まぁ悪い気はしなかったし………真剣な想いには真剣に答えるのがあたしのモットーだし……」
ああもう…あたし何言ってるのかしら………はっ!!
「へ~~~~~~~」
詠史の顔が気色悪く、そして楽しそうに歪んだ。
「そっかそっか、波園水菜乃と言えども年頃の女の子だもんな……そっかそっか、ちっこい頃から知ってるけどお前にもそういう面があったのか、知らなかったよ」
「ちょっとあんた、なんかゲスなこと考えてない?違うからね、あたしは普通の男子と普通の関係性を築くのも悪くないかなって思ってるだけだから。露出狂と露出な関係を築くつもりはサラサラないから」
「別に、お前がそう思ってるならそれでいいんじゃねーの……でもまぁそっか、普通の男女なら裸はもちろん間接キスだって恥ずかしがるのが普通だもんな。そらそうだ、僕とばっかり遊んでたらその辺の感覚麻痺るかもな」
「ちょいちょいちょいちょいちょい、あんた誤解してるわよ。いや、言ってることは間違ってないけどきっと誤解しているわ」
「いや、別にいいんだって……でもそうか。だとすれば付き合ってもいない女の部屋で二人きりってのもあんまりよくないかもな。ゲームでもするつもりだったけど、今日はさっさとお暇するとするか」
こ……い…………つ……………楽しんでやがる。このあたしをからかってる………詠史の分際で………うぅぅぅぅ。
あたしは袖を強く掴んだ。
「ちょっと待ちなさい、出ていかなくていいから!!ずっといていいから!!今日は泊っていきなさい、一緒にお風呂入って一緒に寝ましょう!!大丈夫、あんた相手なら全然恥ずかしくないから、と言うかそれが普通だったから!!!」
「水菜乃…」
詠史は腹が立つほど穏やかな笑みであたしの肩に手を置いてきた。
「そいつは小さい頃の話だろ、大人になれよ」
「真絹が同居するまではやってたじゃない!!」
「忘れたねぇそんなこと。
じゃ、僕は帰るわ。また今度なぁ」
「誤解したまま帰るなぁ」
あたしの叫び虚しく詠史は手をひらひらとして扉を閉めた。
「………あの男………詠史のくせに生意気よ」
別に素鳥のことなんて、あんたとは違う意味で全然男として見てないわよ………
「詠史以外の男と接していなかったつけがきてるわね………」
メロンソーダをがぶ飲みした後にベッドにあおむけになった。
「ったくもう……あたしともあろうものが情けない………」