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第54話 ミニスカメイドの格好は誰がやってもいいわよね

 詠史さんを見た時と同じトキメキを一目見た時から感じました。


「夢邦ちゃん、これ……これが欲しいです!!」


「ん?何かしら?新作の媚薬?」


「そんな直接的なものじゃありませんよ!!これですこれ!!」


 私は詠史さんを陥落させるために様々なアイテムを必要としています。それは媚薬だったりワンちゃんのコスプレだったり、スケスケ下着だったり、無農薬野菜だったり、とにかく色々です。


 そんな私に物を売ってくれるのは大体夢邦ちゃんです。花染家と言う日本屈指の探偵組織の正統後継者である夢邦ちゃんは政府筋も含めた様々なルートを駆使して大抵のものは仕入れてくれるのです。

 叔母として少々情けない気持ちがないこともないですが、そんな恥より詠史さんを落とす方が何億倍も大事ですよね。


 私が指さしたカタログのページに目を通した夢邦ちゃんは頬に手を当てます。


「ふーん…思ったより普通ね……でも叔母さん結構高いけど手持ちあるの?」


 夢邦ちゃんは叔母である私の為に相場よりも少々安くアイテムを提供してくれます……が、それでも今の私のお財布事情では辛いですね……


「あの、何かお仕事ないですか?久しぶりにくノ一として頑張っちゃいますよ」


「悪いけど今叔母さんに担ってもらうような任務はないわね」


「探偵の方のお手伝いもできますよ」


「花染家のボケどもは仕事に他人をあんまり入れたくないのよ……まぁ無理くりねじ込むこともできるけれど個人的にはお勧めしないわ」


「夢邦ちゃんは今何かお仕事してないんですか?」


「いくつか案件を担当しているけど叔母さんに頼むには帯に短したすきに長しな案件しかないわ。短い方の仕事には若い奴を当てて経験詰ませたいし」


「そうですか……ちなみに若い方って何歳ですか?」


「確か…18だったかしら」


「年上じゃないですか」


「そうむくれないで、最近拾ったから経験が足りてない野郎なのよ……ああでも、普通の仕事で良ければ空きがあるわよ」


「どんなお仕事ですか?」


「お水の仕事は「詠史さん以外に肌を見せるつもりはありません!!!」まぁそうよね……じゃあ後は普通の接客業しかないわね……………」


 不意に夢邦ちゃんの笑みが邪悪なものに染まっていきました。えげつないほどの警戒センサーが真っ赤に光ります。


「そうだ、叔母さんにピッタリの仕事があったんだったわ……なぁにそんなに身構えなくても平気よ。夏休みの女子高生なら誰がやってもおかしくない仕事だから……」


「えっと……大丈夫なんですか?」


「欲しいんでしょ……それともあたしが運営している闇金業者からトサンでお金借りる?」


 う………ぐ…………


「分かりました、そのお仕事を紹介してください!!!」


~~~~~~~~~~~~


 夏ってのは当たり前だけど暑い……だがこういう時に外で走るからこそ体力と精神力が培われるのだ。アスファルトが反射する暑さよ、僕を鍛え上げてくれ。この自然と人工物の混じったストリートこそ僕の師匠だ!!


「とは言えちょっと疲れたな……どっかで一休みするか」


「それならちょうどいい場所知ってるわよ」


「おっ、そいつはいい………」


 なんかぬるっと独り言に入り込んできたな……


 首を横に向けると軽快に並走していた夢邦が目に入った。


「お前は何でいつも気配無く僕に絡んでくるんだよ」


「あんたの間抜け面を見るのが好きだからかしら」


「相変わらず性格悪いこっちゃ……まぁいいや、その場所ってどこだ?」


「あら、素直についてきてくれるのね。あんたを言いくるめるために色々考えてたのに残念だわ。

 ほら、こっちよ。ここからほんの数分で行けるわ」


 いつもの髪の毛をポニーテールにまとめた夢邦が風のように走っていく。体重という概念が感じられない見事な走り方だ。


「忍者っていいなぁ……今度真絹から走り方聞いてみようかな?」


 そしてすぐに喫茶店にたどり着いた。


「『琴の休み処』?音楽とか聴ける喫茶店か?」


「音楽が流れていない喫茶店なんてあたしは知らないわよ」


「うっさい」


 すると夢邦が髪飾りの琴を軽く触った。


「ここはあたしがお姉ちゃんの為に作った喫茶店よ。最近看板娘が入ったからあんたに意見をもらいたいと思ってね」


「はぁ??お前……喫茶店のオーナーまでやってんのか?」


「オーナーってか、裏のオーナーね。なにせガキだから。経営は他の奴に任せてるのよ。

 まぁとにかく入りなさい、奢ってあげるわよ」


 相変わらず生意気が小娘だな…


「舐めんな、小学生に奢ってもらうほど落ちぶれてないわ。せいぜい500円玉に無限の可能性を感じていろ」


「あたし貯金3億あるけど」


 ………??????????


「どうしたの?そんな宇宙の果ての果てに吹き飛ばされたような顔して」


「……冗談だろ」


「あたしがそんなくだらない冗談を言うと思うかしら?」


「思う」


「それは残念。あたしは3億の貯金があるってとんでもない情報をバラすほどあんたを信頼しているのに、あたしはその程度の信頼しか得られてなかったのね」


 すると夢邦は悲しそうに俯いた。


「違う違う!!お前なら僕を喜んで騙すだろうなって……だから冗談って言うか、でたらめを言ったと思ったっていうか……」


「まぁ嘘なんだけど」


「おい!!」


 俯きから解放した顔はとても悪戯っぽく、僕を存分にムカつかせる表情であった。


「本当は通帳に5億、他にも資産は色々あるわ」


 サラリと………え?????えええのえ?????????????


「嘘だよな!!それも嘘なんだよな!!!!」


 夢邦は僕の問いには答えず扉を開けた。チリンチリンと風鈴の音が涼やかに鳴る。


「さ、いらっしゃいませお客さま」


「嘘なんだよな!!!!」


「さっさと入りなさいよ。暑苦しい」


 僕を強引に店内に引きずり込んだ。身体にエアコンの涼しい風が当たりなんとも気持ちいい。すると今や天然記念物クラスに珍しいミニスカメイドさんが僕たちの下にやってきた。


「いらっしゃいませ、あらぁ。可愛いお連れさんですね」


 当然僕に向けて言われたと思ったのだが、ミニスカメイドさんは屈んで夢邦の目を真っすぐに見据えた。


「気持ち悪いから敬語は止めなさい雫」


「一応お仕事中なんですよ……それで、この可愛い少年は何者ですか?」


「こいつが例の詠史よ。

 詠史、覚える必要は全くないけど警戒の意味も込めて一応紹介しておくわ。制服自由の喫茶店なのにわざわざミニスカメイドのコスプレをしているこの女は鈴原すずはらしずく、あたしの部下の一人よ」


「どうも、雫ちゃんとお呼びください」


 クルリと回りながらにこやかにそう言われた…しかし、何だろうか……このそこはかとない違和感は………と言うか警戒って何を警戒するんだ?


「今年30歳で、絶賛彼氏募集中、年下大好きだから毒牙にかからないように気をつけなさい」


 へぇ…30歳なんだ。


「…え…30歳?」


 ………そっか、違和感はそれか………30歳がミニスカメイドを着ているから……生足丸出し、胸元おっぴろげているからか


「見えないですよねぇ。同い年くらいに見えますよね、ご主人様」


 雫さんのウインクを華麗にかわした僕は夢邦に目をやった。


「火急速やかに席に座ろう」


「あんたのそういうところ大好きよ」


 若々しすぎる夢邦の笑みに邪悪が浮かんでいたことに僕は気づくことが出来なかった。


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